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カフェマグノリアへようこそ!

日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
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うれし、たのし、あなおそろし 「ひな祭り 」

「うれしいひな祭り」

あかりをつけましょ ぼんぼりに

おはなをあげましょ 桃の花

五人囃子の 笛太鼓

今日は楽しい ひな祭り


お内裏様と お雛様

二人並んで すまし顔

お嫁にいらした 姉さまに

よく似た官女の 白い顔


金の屏風に 映る灯を

かすかに揺する 春の風

少し白酒 召されたか

赤いお顔の 右大臣


作詞したのはサトウハチロー。「ちいさい秋みつけた」で日本レコード大賞童謡賞も受賞している明治生まれの人気作家だ。童謡、校歌、CMソングなどにその才を発揮、戦後の日本を明るくした。「少年倶楽部」世代には懐かしいことだろう。妹の愛子さんは直木賞作家。

さて、七五調の定型詩は全部で四連。内裏雛から三人官女、五人囃子、雪洞と、各々の位置を確かめながら鼻歌まじりで飾っていく。短調ゆえか気品が感じられる歌詞だ。どこか哀愁が漂うのは、飾りつけを愉しむ嬉しさのなかにあって大人になってゆく女の子に一抹の寂しさを感じるからだろうか。

口ずさみながら飾りつけているのは誰だろう。このお家のひとり娘か、あるいは代々お家を守ってきた女主人か。「お嫁にいらした姉さま」とは、これから一緒に住まうことになる兄に嫁いだ義姉なのか、あるいは自分の知らない遠い世界に行ってしまった実姉なのか。。いろいろな解釈が可能な気がする。

例えば、こんな解釈はどうだろう。全四連の歌詞の行間に秘められたいくつかの謎を紐解くならば見えてくるものがある。

解釈の一例〉
わたしのお家は大店(おおだな)の大家です。お屋敷には年老いた父と母、そして年の離れた兄がひとり。他にもお給仕の女中さんが3人いて家事全般を担っておりますの。お商売をしていることもあってお家には使用人やお取引の方々など多くの人が出入りしておりますわ。

わたしのお家には秘密があります。わたしはその秘め事を唄にしました。そしてそのお唄をお囃子に合わせて歌うのです。お雛様をお飾りしながら口ずさむとすっごく楽しい気持ちになるのです。

最近、兄が嫁を貰い病床の父の跡を継ぎました。屏風の前にふたり並んでお座りになられている姿を見るにつけ、本当にお似合いのカップルだと思います。

でも、それは世間を欺く仮の姿です。と、申しますのは、実は兄には以前より相思相愛の人がいらしたのです。愛人とでもいうのかしらね。

で、その秘められた恋のお相手とは? 

驚くなかれ、3人いるお給仕さんのひとりだったのです。情けないことに兄はどうやらお嫁さんを貰った後もそのお方と逢瀬を重ねておられるようでした。

そして、そのことを知っているのはこの私だけ。。 かと思いきや、な、なんと兄嫁であるお姉さまも知っていらしたのです!それでも、お兄さまとお姉さまはお互い知らぬふり、「すまし顔」で毎日を過ごしておられるのです。

なんと怖ろしいことでございましょう。

しばらくはそんな仮面を被った二人を多少愉快な気持ちでみていたわたしでしたが、そのうち本来のいたずら心が騒ぎ出してしまいましたのね。「春の風」ならぬ春の嵐でぼんぼりの灯が揺らめくほどにお家の中を波立たせてみたいって。うふふ。

ほんとうにごめんなさい。わたし、我慢できなかった。そして、とうとう番頭さんに全ておしゃべりしてしまいました。

そのことを知った浮気相手のお女中さんはわが身を案じて番頭さんを懐柔しようとされました。お口止め料とでもいうのかしら、高価で美味しい白酒を番頭さんにお届けしようと画策したの。ところが、ちょっとした手違いがおこって何も知らない二番手である副番頭さんに届けてしまいましたのね。

お女中さんはお顔をほんのり赤くしている二番手さんをみて、初めてその手違いに気づかれたのです。しかし、時既に遅しでございます。お女中さんの白い顔は白さを通り越してみるみる青くなって・・・  

文字通り、あとの祭り。ひな祭りで血まつりにあげられる。。なんてかわいそう。

さてと、お飾りもようやく完成ね。。あとは雪洞に灯を入れるだけ。
あ、そうだ。この三人官女のお人形、一体だけお内裏様のお隣に飾ってみるのも悪くないわね。

〈考察〉 

お内裏様とは本来、男雛と女雛の総称であり、歌詞の「お内裏様とお雛様~」とは男ひとり女ふたりを意味することになる。だからどこかにお雛様に近い存在がもうひとりいるのではないかと考えた。いるとすれば、三人官女のなかか。

「お姉さまによく似た官女」がいるとは、お姉さまがお雛様であったなら、多少失礼な言質ではないか。それを敢えて言うのはどこか不自然でもある。妹は、全てを悟っているにもかかわらずすまし顔を貫くお姉さまを心のどこかで軽蔑しているのではないか。であれば、これは妹から義姉への皮肉とみていいだろう。

また、歌詞に「今日は楽しいひな祭り」とあるが、歌の調子がそんなに言うほど楽しそうではない。皮肉ぽく聞こえるのには理由があるはず。それもとびっきりダークな訳が。それは俗に言う、どろどろの男女関係に原因があるのかもしれない。

実際の人形をみると分かるが、右大臣は白い顔だ。赤い顔しているのは左大臣。歌詞ではこの逆になっている。どうしてか?つまり、くだんの官女は酒を右大臣ではなく、左大臣に渡してしまったものと思われる。

そもそも官女が色白でお雛様に負けず劣らず美しいことに納得しかねる。官女ならば、美貌云々よりはいかに仕事が出来るかが採用の決め手のはずだ。

ベッキーのライン漏えいや代議士何某の浮気による辞職の一件など世間では下衆な話題が絶えない。世が世の今なら、こんな「下衆の極み」な解釈をブログに延々と書き綴っている馬鹿がいたとしてもなんら不思議はない。

・・・  ・・・  


 


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遠距離恋愛の日

12月21日を「1221」とすると、その両端の1が一人をあらわし、中央の2がそれぞれに二人になったことを表している。その形から遠く離れている恋愛中の男女にエールを送る日とされる。ラジオアナウンサーの発案したとする説や、それ以前に女子高校生たちがひとつの都市伝説として噂していたものが広まったとの説がある。

今は昔と違って"SNS“が発展し世に浸透している。だから、自分にとって大切な人もそうでもない人も、いつもどこでも傍らにいるような、そんな気分になる。この時代を生きる若者とりわけ恋人同志にとって、この環境は居心地がいいものなのか、面倒くさいものなのか、そばにいるようだからなおさら会いたいと思うものなのか、しつこいくらいそばにいるようだからツラ突き合わすのは時間の浪費でしかないと思うものなのか、今どきのカップルはどっちなんだろうと自分にとってはどうでもいいことを真面目に考えてます。というか、ブログネタ不足の「今日は何の日」ネタ。


恋愛マスターしょうちゃんからそんなカップルのために長続きのコツをお届けいたします

★どちかかが会いたくなったら会いにいけ。相手の都合ばかり気にしてちゃダメ。そんなことだとどんどん遠くなっちゃうよ

★遠距離はじめるときに無理っぽいふたりの決め事をしちゃダメ。そんなストレスかかえちゃ相手への気持ちがフェードダウンしていくぜよ。

★メールでもラインでも極端な一方通行は避けるよう心掛けて。お互いにだよ。

★浮気などの心配は思っても口にしないで。特に相手にはご法度だよ

★相手を気遣うことを忘れないで。今大丈夫?とかの気遣いや、相手の生活を乱さない程度に長電話を控えるなどなどね。





今、大丈夫?
今はダメだ。君は身を隠していろ!!


ちなみに、恋愛マスターになるには大先生を目指すのではなく牧師であるべきなのだ。

大先生になれない





アート的生活

俵に居を構える義叔父のところに出向いた。途中、太陽が丘の入口が見える。ヨーロッパの秋を彷彿とさせるメタセコイヤの並木通り、紅葉が見ごろだ。愛犬とのお散歩が絵になりそう。



叔父は芸術家だが野菜作りもプロはだし。季節の野菜を届けてくれたりする。民家を改装してすごいお洒落なお家に住んでいる。

外装はごく普通の農家の民家のようだが、なかに入ると雰囲気が一変する。アグリカルチャーとアートのコラボといったらよいのか、伝統的な生活文化と斬新な芸術の融合といったらよいのか、わくわくさせる空間が訪れる人を迎えてくれる。



例えば、玄関口を入ったところに吊るされている大鋸。おがくずは知っていても今では大鋸はそうそうお目にかかれない。無造作に吊るされているようだが、どこかアート的である。家中、いたるところがアートなのである。

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築130年の古民家、その一部だった納屋は農具庫として今も使われている

農機具の倉庫となっている小屋に吊るされている大根。さすがにここまでは。。とは思いつつも、確かに「アートだ」と言えばアートかもしれない。





ハ酔ウタメノモノデス。他に功徳ハアリマセヌ。

太宰治「右大臣実朝」より 

終戦後の数年間は悪が横行した時代だったという。戦後生まれのこの俺でも「バクダン」などという物騒で怪しげなの名を知っている。敗戦に打ちのめされていたなか、酔うためだけに生まれたでもそれが必要とされた時代だったのだろう。

そう思うと、今の時代はの博覧会を毎日やってるようなものだ。今日日、太宰のようなことを口にする奴は皆無になったが、好きが増えたかというと違うような気がする。



夜の仕事を終えると ゆずは眠たそうにしながらも あおゆずと待っててくれた。




料亭に思う。



今年の春にオープンした「金澤一乃松」でお昼をいただいた。お昼はわりとお手頃な価格でいただけるので有閑な奥様方にも人気のようだ。

町屋風の建物にも趣きがある。私たちは2階に案内されたが、下のフロアにもお部屋がいくつかあるようだ。大正時代の町屋を改装しただけあって手狭な感じだが、それがまた風情を演出している。ただ配膳する側にとってはちょっと厄介な気がしないでもない。サービスの動線が一体どうなっているのか、ちょっと興味のそそる部分でもある。

お料理は品格があり、また美味しくいただいた。今回はお昼の料理だが、金沢にもこうして気軽にいただける料亭がもっとあってもいいのかなとも思う。茶人であった祖母は何かあるといつも「つる幸」さんに頼んでいたし、親父は、金沢の料亭の中では「銭屋」がお気に入りだった。あの頃、何気に連れて行ってもらっていたが、今の自分の身の丈では無理があるのも事実。 一般の地元客や普通の観光客が楽しめる料亭があっても全然いい。

親父は美食家で、こと、和食に関しては特にうるさかった。勉強熱心であり、京都などの一流料亭にしばしば連れて行ってくれた。気取らない一品料理も大好きで、あの当時、小松に「旬」という小料理屋があって、腕のいいおやっさんがつくる肴で、しょっちゅう酒を酌み交わしたものだ。あの頃の親父の年齢に近づいている自分がここにいる。

親父が亡くなって早や一年だ。