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期待 

担任の山下が卒業式の段取りについてなにやら話している。これが終わるとホームルームもお開きだ。クラスの男子が全く落ち着かない。いや、落ち着かないのは男子ばかりでない。甘い香りを放つ”乙女ごころ”をあの無粋な指定鞄にしのばせているのか、そわそわした様子の女子もいる。  
 
2月14日、今日という日を「バレンタインデー」と人は呼ぶ。朝からクラスの女子たちに厚かましいほどアピールしていたのは親友の裕輔だ。彼が本気でチョコを欲しがっているのかは定かではない。ただ、彼は彼のその彼らしい振る舞いで退屈しない一日を僕に提供してくれた、これは事実。でもそれはそれ。僕にとって今日という日はなにも特別な日ではない。それは学校一のイケメン、直人にとっても同様のことのよう。クラス中の女子の熱い視線を一身に受けながらも今も平然と携帯をいじりまわしている。こんな姿も普段となんら変らない。
 
山下が教室を去ると、クラスメイトも三々五々散っていった。教室の隅では、数名の女子が直人を囲んで嬌声を上げている。プレゼント攻勢が始まったのだ。裕輔と僕はそれを尻目に教室を出る。

「あれだけの思いを受け止めなきゃなんないとはさぞ大変だろうなぁ。直人も・・」
僕がそう言うと、
「何言ってんだよ!いまどき、そんな奴いるかよ。本気も義理もありゃしない。貰うもあげる軽い軽い。言わば一種のご挨拶!」
裕輔は呆れたようにこちらを一瞥すると、玄関へと続く階段を一気に駆け下りた。

直人のように、持て余すほどのチョコが欲しいわけでない。男子の憧れ、あの笑顔の可愛い森川沙耶香から頂けるなどとも毛頭思わない。呼び止める女子など誰ひとりいないし、今日に限って特別なことなど起きうるはずは何もないのだ。

「大変なのはこの俺だべ。生活指導の田中に呼ばれてんだ。悲しすぎるよ」
階下で待っていた裕輔は大げさに悲しんでみせた。
「虐められキャラなのかなぁ、俺って」
彼は大きくため息をつくと、頭を両手で抱え込みながら職員室の方へ去っていった。  

裕輔には内緒だが、正直言うと、今回は全く期待していなかった、というわけではない。普段は目立たないけど、いつも優しく接してくれる木下真子。僕の他愛もないジョークに腹を抱えて笑うのは崎田雪奈。どちらも気になる存在で、崎田のことは、僕も気安く”ユッキー” と呼ばせてもらっている。裕輔に明かせば笑い飛ばすだけだろうが、もしかすると、僕のこと、好きなのかも? なんて、そんな気もしないでもない。いやいや、もう止めるとしよう。この僕だって解ってるつもりだ。 淡い期待は得てして自分勝手な妄想なのだという事を。
 
「よう!高木」
いきなり背中を突付かれた。振り向くと小柄な女子が立っている。
「なんだ。おまえか」そう言うか言わぬかの間に、袖を引っ張られ 柱の影に連れて行かれた。  
女子のなかの中心的な存在の石野薫。よく言えば活発、悪く言えば騒々しい女だ。口は悪いが根は優しい。たまにこっちが沈んでたりすると心配して声を掛けてきたりもする。

「高木に渡したいものがある」そう言って、彼女は後ろ手に持っていた何かを勢いよく差し出した。
「石野。これって・・・」
言葉が見つからず口ごもりながら受け取ると、彼女はくるりと向きを変え、悠然と去っていった。

渡された小さな包みを覗くと、ピンクのリボンで可愛くラッピングされた手作りらしきチョコ。カードも添えられている。俺達、男の輪の中にでも平気で割って入って来ては冗談を飛ばしている、そんな彼女なのだけれど・・・。
女を見掛けで判断するようじゃまだまだだな。こんな裕輔の口癖が脳裏をかすめる。勿論、彼女を異性として意識したことはない。でも嫌いでもない。いや、もしかすると好きなのかもしれない。この歳で彼女もいない恋愛べたな僕だ。自らの気持ちさえも解らなくなっている。
 
「たかーっ!こんな柱の影で何たそがれてんのよ!義理チョコ持って来てあげたわよ。感謝しろよなー」
ユッキーが木下を従えながら、大声を張り上げこちらに向かってきた。
僕は無意識に手に持つ包みを上着の下に隠すと素知らぬふりをした。
「ばーか。見られてんだよ。ハハハー!こいつ、ちょっと可愛くねー。マコ」
「ふふふ。そうね」
木下までが同調する。
顔を見合わせ笑う、二人の明るい色香が僕の鼻をくすぐり、恥ずかしさと嬉しさが僕の心の中を交錯してゆく。青春映画の主人公にはなれない。でもこのほうが僕らしいのかも。


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