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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
2019年12月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2020年02月
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約束

「ねぇ、ひろくん!この子、ちょっと可愛くない?」   
チョコレート色の仔犬をガラス越しに覗き込んでいた母は嬉しそうに振り返ると僕に同意を求めた。
母に視線を投げていた仔犬のほうも襟を正すように身震いひとつすると小首をかしげて私の相槌を待っている。これが僕たち親子と「チコ」 の最初の出会いである。

東京での就職先も決まり、母と過ごす時間ももう僅か・・・。そんな思いで母の買い物につき合った。その帰り、何気に立ち寄ったペットショップでの一幕だ。こうして僕の、お気に入りのバイクを買うためバイトで貯めた僅かばかりの貯金は雌のチワワに取って代わった。

父が他界してからはや5年になる。年の離れた姉がひとり、既に結婚して北海道へと嫁いでしまった。たまに電話をよこしてくるが、子育てに忙しいらしく、姑の愚痴や旦那の悪口をひとしきり喋るとさっさと電話をきってしまう。呆れ顔で受話器を置く母はそれでも嬉しそうだった。

父が亡くなってからというもの、母は内職の手を止めて俯きがちにじっと一点を見つめているかのような、そんな姿を時折見せた。こんな時、僕は大して面白くもない話をジェスチャーを交えながら面白おかしく話して聞かせるのだ。
「おまえはお父さんに似て全くユーモアのセンスがないんだから」母は笑いながらそう言うとまた手を動かし始める。けれども日中のパートの仕事がよほど身体にこたえているのだろう、いつしかソファに沈み込むように横になってしまう。僕の役目は灯りを消して母にブランケットをかけること。

東京への出発を目前に控えたある日、二人夕食を済ませると、母はいつものようにソファに腰掛け手馴れた作業を淡々とこなしていた。暫くして僕が出発の準備を終えて階下の居間に下りて行くと、母はブランケットに包まりソファーで横になって小さな寝息をたてている。少しやつれた母の姿を見ているうちに涙がこぼれてきた。

ずっと今まで僕たち姉弟の為だけに全ての時間とお金を割いてきた母。もういいから、ゆっくり休んで下さい。今度は僕が頑張る番なんだから・・心の中でそう呟くと、いきなり母の懐と毛布の僅かの隙間からチコが頭をもたげてきた。母から離れようとはせず、こちらに視線を向けている。僕の気持ちを察しているのか、チコ。これからはお前が僕の代わりなんだよ。母さんをたのんだぞ。僕と姉さんのかけがえのない人なのだから。そしてお前にとってもな。目で合図を送ると、チコはわかったよと言わんばかりにひとつ鼻を鳴らすとまた母の胸にもぐりこんだ。



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