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勉強法と偏差値の壁

前々回の記事、「大学全入時代の到来に思う。。」は以外にもアクセス数も多かった。が、もしかすると誤解を与えたかもしれないとの思いもある。そこで、今回は親目線から離れて学びを本分とする学生諸君へのメッセージという形をとることにした。

学生諸君!勉強の合間に民放バラエティーで一息つくのも悪くはないが、ながら勉強するなら「NHK」を視聴する癖をつけてはどうか。歴史、地理、科学、時事問題と番組も様々で、広範な知識を深めるにはもってこいだ。クモの巣状に広がった知識はたったひとつの答えを導きだす場合においても大いに役立つこともある。縦横無尽に走る知識の回路を整備すれば自ずと正答へとたどり着くというもの。

別の意味もある。分かりにくい言い方で恐縮だが、例えば、番組で取り上げられている内容を暗記するのではなく考察することで、論理的な思考力を身につけることが可能となる。また、その事象や出来事の裏に隠されている命題を見つけるという大事な嗅覚を養うことにもなる。この嗅覚は大切なものを見つけ出す嗅覚であり、時として出題者の意図を読む嗅覚とも成りえるものだ。

ドキュメンタリー番組などは民放であっても否定するものでない。当事者がその時どう考えその道に進んだのか、同じ立場だったら、と自分に置き換えて考えてみたりと、今まで培った知識や見識を駆使して自らの頭で考えることを覚えるのだ。さらに その当時の社会情勢などを鑑みたり、社会に対しての問題意識を醸成させることで 個々人の意見や見解を固めることにも役立つ。これは丸暗記で頭に詰め込んだものより、漢方薬のように滋養となり身体に染み込んでゆくもの。その辺の底力を見極めるのが先を行く大学なのである。人生を長く生きてきた者と青二才との違いのようにふとしたところでその差がみてとれる。それにも似ている。

このちょっとした差が実は大きな差なのであり、入試問題も単なる設問の掲載された紙切れではあるが、偏差値70前後の大学においては、この紙片一枚にも誰も気付かず反映されているといっていい。深みのある学習が出来ているか否かの差は実は超えられない偏差値の壁なのである。是非、その壁超えに挑んでみてはどうか。

さてさて、受信料を払うか払わないかは個人の問題であるし、当方、NHKの回し者でもないので一切関知しない。
 
入試資料 2011


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