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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
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感謝って難しい

感謝の気持ちが足らないと、つい不平や不満が口をついて出てきます。そんな自分を戒めるために書きました。ひとつひとつには感謝できるのですが、なかなか「全てに」とはいきません。この書の通り、究極の感謝の気持ちを持てれば、それは最高の生き方をしている証でしょう。100%とまではいかなくても80%は超えたいですね。

何にでも感謝するのは難しいけど、感謝って、書くのもかなり難しい。苦手な字です。








経穴いろいろ その2



合谷は「ごうこく」と読みます。手の甲を上に向けて親指と人差し指の付け根のちょうど分かれ目にあるツボ。押さえると痛いので確認してみてください。

このツボは、幅広い症状に活用できます。目の疲れ、歯や鼻の痛み、喉の腫れ、頭痛など身体の上半身に現れる様々な 症状に効果があるとされています。また、肩こりや冷え症の改善、整腸作用、ストレスの軽減にも役立ちます。

朝、起きたときに手の指が痛い、関節が痛くて動かしづらいことはありませんか。指や手首、肘や膝の関節に痛みがある場合、慢性の関節リウマチが疑われます。

こんな時、覚えておくといいツボのひとつが陽池です。手の甲側の関節中央より少し小指側に寄ったところに窪みにあります。親指側にある陽谿、手の平側の太淵とともに覚えておきましょう。

肘関節では、尺沢、曲沢、曲池も効果が期待できるツボです。

全ての名称とその位置を覚える必要は全くありません。ただ、普段、自分の身体に不調なところがあれば、その症状に効くツボだけを覚えおくことで、咄嗟の場合、自分でそのツボを押して急場の改善を図ることができます。それはまさに知恵のひとつに違いないでしょう。








嬉しさと寂しさの交錯する季節

金沢大学、北陸大学の近くでサロンを営んでおりますと、毎年数名の卒業生を見送ることになります。

この時期は、卒業と同時に金沢を離れてしまう学生さんも多く、私たちにとっては、ご愛顧いただいていた学生さんとのお別れの季節でもあります。就活から内定をとりつけるまで、本人と一緒になって心配したり喜んだりもしました。最後には、卒業の日を祝い、社会人として巣立っていく日を迎えます。

私たちには、勉強や就活の疲れを癒してさしあげる以外に出来ることはありません。ただ、ご愛顧いただいた学生さんたち其々が其々のペースで元気で明るく頑張ってほしいと祈ることは忘れません。

3月の終わりには、1500倍の超難関を突破し、一流企業に就職を決めた方から予約の申込みがございました。先約があり、成立には至らなかったのですが、最後にもう一度、家内の施術を受けて東京へと旅立ちたいと言ってくださったのです。内定をとりつけるまでの努力、頑張りをみている家内にとってはこのうえなく嬉しい言葉だったはずです。

先日には、東京での最終面接を明日に控えた学生さんがロミロミ施術を受けに来てくださいました。施術後、私たちは祈るような気持ちで彼女を送りだしたのですが、その二日後、電話があり、内定いただいたとの報告を受けました。

財閥系の企業との事でしたから競争も相当激しかったことでしょう。ただ、こんな私たちにもお電話くださるような心遣いができる方ですからこの結果は当然だったように思います。他にも大手化粧品メーカーに決まった方もおられました。

新しい旅立ちを祝う嬉しさと別れという一抹の寂しさが交錯する季節が春なのです。

「一也よ。修羅になれ 」その1



「子供なんて放っておいても育つんだよ!」
娘たちの将来を潰すことだけは避けなければならない。藁にもすがる思いの私はこの訪問に一縷の望みを託していた。だが、男は私に切り捨てるようにそう言い捨てた。

支店長は出てこない。貸付担当もいない。居留守を使っているのだろうか。通された支店長室にやってきたのはあの男。やけに慌ただしくしている。上役に媚びへつらいつつ、常に忙しくみせかけることで厳しい部下の目をも巧妙に誤魔化しながら生きている。肩書きは業務課長であったはずだ。

私にとっては人生を左右するような出来事であっても、この種の輩にとっては顧客廻りと称したランチ乞いやお土産つきの接待ゴルフの方が余程大事な用件なのである 。ましてや目前のこやつなんぞは、人の話に耳を貸そうといった考えなどあろうはずもなく、支店長あたりから適当にあしらっておけとでも言われているのであろうか、不遜極まりない態度でソファーに深々と腰掛け足裏をボリボリ掻いている。業務課長は支店長への登竜門というのだから推して知るべしということか。

無能の謗りを受けようとも私とて社長である。経営責任を免れないことなど百も承知だ。全ての決定を甘んじて受け入れる用意もある。しかし、この態度の豹変ぶりは何なのか。まるでネクタイを締めたごろつきではないか。ごろつきでなければ千両役者。こいつがどんな役をどのように演じようが、今更より良い結論が導き出されるはずもない。その事を理解しないで演じているのだとしたら、それは馬鹿以外の何者でもない。

確かにこの男には、不良を演じていることにどこか喜びを感じているふしある。いい時にはこれでもかというほど持ち上げるだけ持ち上げ、一旦悪くなるとまるで手のひらを返すように突き放す。使い古された手段であり理解もしている。誰もが経験できるものでもないし理解したい者などいるはずもない。が、小説やドラマにおいて描かれる虚構と現実は同一ならずとも遠からずなのだ。

法人格を恨んでいるのではない。全体としての意思は私にとって素晴らしい着地点を与えてくれた。その意味ではむしろ感謝している。ただ、部分としての個人については、血が通っていると妄信していた分、裏切られたという気持ちが強い。部分とは言い換えれば歯車だ。そして自らが歯車であることを良しとし、歯車であることこそプロだと嘯いている。そう、歯車であることでしか生きられない者たち。そんな哀しい人間の巣窟があの業界なのである。五十の齢を目前に控えた男、田神一也の戦いが今始まろうとしていた。




浅野川園遊会、おわら踊り



群青の空

琥珀の灯りは 人の温もり

紅殻格子から光が漏れている

カランコロン カランコロン

人恋しさが募ります

あぁ 古里に帰りたい


浅野川園遊会の『越中八尾おわら流し』を楽しもうと、東の茶屋街に行ってまいりました。


ぼんぼりの灯

胡弓の音色に 故郷を想ひて

唄が満ちれば月が泣く

カランコロン カランコロン

人恋しさが募ります

あぁ 友に会いたい

君に会いたい





八尾の「おわら風の盆」。
道中が大変混雑するというのでまだ訪れたことはありません。宇奈月で一度体験しましたが、いずれ八尾へも足を運びたいと思います。ここ東の茶屋街のおわら踊りには、通りの雰囲気もあいまって負けず劣らず格別の情緒、風情がございます。



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