カフェマグノリアへようこそ!

日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
2017年10月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2017年12月
TOP ≫ CATEGORY ≫ 書評 ・レビュー
CATEGORY ≫ 書評 ・レビュー
       次ページ ≫

マノアに架かる虹



フラを習っておられる生徒さんからお借りしました。美しい写真とアロハに生きることの素晴らしさが綴られています。フラダンサーにとってはバイブル的な一冊のようですね。身近にハワイを感じられて心がどこか柔らかくなった気がします。



写真の数々を見ていたら、懐かしさがドーンと蘇ってまいりました。これはマノアに架かるレインボー。

マノアと言えば、かつてお世話になったミスター&ミセスウチダもマノアに住んでおられます。アンクルはゴルフが上手でハワイに行くとよく米軍のゴルフ場に連れて行ってくれました。当時のアンクルは片手のハンデ。飛ばすだけで下手クソな僕によく我慢して付き合ってくれていたなと今さらながら思います。また、ゴルフばかりでなく歌もシングル以上でした。カラオケも大好きで日本の歌を好んで歌っていました。遠い昔の話で恐縮ですが、私たちの結婚式では友人のダナとハワイアンウエディングソングを歌ってくださいました。誰もが聴き惚れていたことを思い出します。

丸十周年の当サロンですが、オープン当初 アンティーがお祝いだと言って300ドルを入れて持たせてくれました。急に会いにいったにもかかわらず 封筒でのし袋を作ってくださり、その中に入れて渡してくださったのです。勿体なくて今だに使わず大切に仕舞ってあります。お元気でおられることを祈っています。



虹に乗せてこの想いを届けたいです。
   
  



「愚行録」を読んで

ええ、はい。あの事件のことでしょ?―幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。深夜、家に忍び込んだ何者かによって、一家四人が惨殺された。隣人、友人らが語る数多のエピソードを通して浮かび上がる、「事件」と「被害者」。理想の家族に見えた彼らは、一体なぜ殺されたのか。確かな筆致と構成で描かれた傑作。『慟哭』『プリズム』に続く、貫井徳郎第三の衝撃。

「BOOK」データベースより



貫井徳郎の「愚行録」を読んだ。イヤミスと言われるだけあって読後感は決して良くはない。人なんて所詮、程度の差こそあれ、利己的な動物だろうし、恋愛なんてものを過度に美化しても嘘っぽくなるだけだからこういうのもありかなって。

映画は観てはいないが、小説ではおおよそふたつのコンテンツを軸に構成されている。ひとつは一家惨殺事件の被害者であるエリート夫妻をよく知る人達の様々な証言、もうひとつは悲惨な家庭環境で育った若い女性の独白だ。証言者がいるということは当然インタビュアーがいるのだが、最後になっていきなり重要人物になってくるそのインタビュアーと惨殺事件とは何の脈絡もない不遇のこの女がどう繋がるのかが全く解せないまま読み進めるしかなく、その輪郭が形を帯びてくるのは終盤になってから。 映画ではその点、どう作り込まれているのか気になるところだ。

推理する気持ちもなく漫然と読み進めていたので誰が犯人か最後まで分からなかった。まず、犯人が分かった段階で、「あっ!そうなんだー」。 次に、インタビュアーが誰だったのかを知って「おっ!そう来るかー」で、、ていうか、お前の目的は何だったの?? みたいな。そして、最後に小説の冒頭と繋がり「おい、マジかー」てな感じ。最後の「マジかー」に関しては、さすがに慣れもあって直ぐにピンと来たんだけど。被害者夫婦はかなりイケズな人達だと思うけど、結局はそのイケズさが殺される動機や要因ではなかったという結論。とどのつまり、少しばかり優雅に暮らしているだけの普通の人なのに不運にも殺されてしまったわけだ。 イケズな性格の人は世の中にゴロゴロいて、その誰もが何も特別変わった人間ではない _ 作者が言いたいのはそういうことか。もしそうだとすれば、この点がまさにイヤミスですな。

ネタバレしないよう気をつけて書いたけど、読んでないと意味通じないね。失礼しました。

 

松本若菜さん。映画の中では殺された妻の役を演じている。確かにいるんだよね。彼女みたいな学生が、あの大学には。まあ、分からんでもないけど、ディスリ過ぎちゃう?



 






「長い長い殺人」を観て

暴走車に轢かれ、頭部を殴打された男の死体が発見された。被害者の妻・法子(伊藤裕子)は愛人がいる派手好きな女、しかも夫に3億円の保険金をかけていたことが発覚する。世間やマスコミは法子と愛人・塚田(谷原章介)に疑惑の目を向けるが、2人のアリバイは完璧だった。そして事件を担当する所轄刑事の響(長塚京三)、探偵の河野(仲村トオル)は不可解な連続殺人事件へ巻き込まれていく。(C)2007 WOWOW INC.

原作は売れっ子のミステリー作家、宮部みゆき。面白いのはストーリーというより構成。キーパーソンとなる登場人物がどのように事件に拘わっているのかをその人物が携帯している財布の目線で語られるところ。例えば、第1章では響刑事の財布、第2章では塚田の妻を叔母に持つ少年の財布、第3章では塚田の正体を暴こうとする探偵河野の財布、といったように。各章におけるキーパーソンを主人として一人称で事件を語ってゆく其々の財布達だが、どれもその人物にどこか似て個性的なところにも、なるほど、こんな描き方があるのかと感心した次第。だが、個人的には好きになれない。各章ごとに話が切り替わる分だけ見ていて疲れるし、主人公もその都度切り替わるので気持ちが登場人物に入っていかない。最後の結末も尻切れトンボ。どんでん返しの真犯人も犯人に成りすます大学生も、もしかするといらないんじゃないかと。それより塚田がいったいどんな人物なのかをもっと掘り下げた方が面白いのでは?と思ってしまう。そういう意味では、塚田の旧友、大森南朋演じる教師宮崎がキーパーソンとなる第五章が自分のなかでは一番盛り上がった。その第五章では塚田と宮崎の人間性が対照的に描かれており、また人を信じる事とはどういうことなのかというメッセージが隠されているのだ。






宮部みゆきの小説は長いのでいつも書店での購入を躊躇するのだけど、映像なら受動的だしいいかなと。。読んでも鑑ていなかった作品です。長い長い殺人というより「長い長い小説」ですねー







「信長協奏曲」を観て

戦国時代にタイムスリップした高校生・サブロー(小栗旬)は、奇しくも同じ顔をした織田信長(小栗二役)と出会い、信長として生きることになってしまう。はじめは逃げ腰だったサブローであったが、戦の惨状を目の当たりにするにつけ、織田信長として生きる覚悟を決め、戦のない世をつくろうと思い始める。

歴史音痴のサブローは、史実を知らないまま、桶狭間、上洛、金ヶ崎、浅井朝倉との戦い……と歴史通りのことを成して、ついに安土城を完成させた。これで天下統一も間近と思った矢先、ふと手にした歴史の教科書で自分(=織田信長)がもうすぐ死ぬ運命にあることを知る。

信長を狙う敵は多い。彼を怨んで暗殺の機を窺う秀吉(山田孝之)や、彼に嫉妬する本物の信長・明智光秀(小栗旬)も虎視眈々と彼の寝首をかこうと狙っていた。光秀は、自ら信長の座を手放したにも関わらず、恒興(向井理)をはじめとする家臣の信頼や妻・帰蝶(柴咲コウ)の愛を勝ち得ているサブローに憎しみを抱くようになっていたのだ。

死が迫りくる中、信長は運命に抗い、生き抜こうと決意。その思いの表れとして、帰蝶との結婚式を企画する。その場所は京都・本能寺。それを知った秀吉は、光秀に本能寺で信長を討つことを提案するのだった…。

刻一刻と戦況は激しくなっていく。信長は歴史を変え、平和な国を築くことができるのか? 1582年、本能寺で彼を待ち受けるものとは…?

※上記あらすじは映画「信長協奏曲」公式サイトより引用

活劇あり、恋愛あり、友情あり。SFでありながら時代劇。皆様、よくご存じのエンターテイメントの満載のドラマです。TVドラマの前半部は欠かさず見ていた僕ですが、映画化された後半部についてもいずれ見たいと思いつつ今日に至っておりました。最後にサブローはどうなるのだろう? それが知りたくて、かと言って人に教えてもらうのも残念なので、遅ればせながらDVDを借りて観ることにしたのです。

素直に楽しめました。ただ、作品として捉えるなら映画にするよりテレビドラマとして完結させてもよかったのでは?という感じもします。原作も読んでない僕のような者にとっては、最後にサブローはどうなるの?という点がある意味、最大の関心事。なのに、ほぼ予想通りの展開でした。大どんでん返しを期待してた僕としては「なんだよー盛り上がりに欠けるなー」と言いたくなっちゃいました。ひとつのパターンとして、例えばサブローが帰蝶を現代に連れて帰るみたいなことまで想像してたんだけど。それでは、ちょっとやりすぎになっちゃうのかな。

それにしても、いたるところに上手に伏線を張りながら見事にストーリーを構築している点は凄いと思います。原作の出来がいいのですね。映画に関して一つ触れるとしたら、映像のなかに出てくる安土城が信長の雰囲気にマッチしておりとても気になりました。あんなお城が本当にあったら面白いですね。

     

・・ と思ってたら、お城は伊勢の安土桃山文化村に再現されているらしいのです。 ・・・ということは、そこでロケしたのでしょうか?あるいは、復元した天守閣に本物の安土城跡を組み合わせたCGなのでしょうか?誰かわかる人教えて!それにしても驚きました。こんなに個性的なお城だったとは_

・・・・

余談ですが、息子は信長の生誕の地で生誕しました。隣の行政区の方がいらして土地の売買の話をされたことがあるんですよ。

「人生の約束」を観て

会社の拡大にしか興味の無いIT関連企業CEO・中原祐馬(竹野内豊)の携帯に、共に起業しながらも会社を追い出す形で決別してしまった、かつての親友・航平から、ここ数日、何度も着信があった。胸騒ぎを覚えた祐馬が航平の故郷へ向かうと、そこで待っていたのは予期せぬ親友の死だった。町内会長の西村玄太郎(西田敏行)に話を聞くと、病に冒され余命僅かだった航平は、最後に曳山につながりたいと故郷の土を踏んでいた。事態を飲み込めない祐馬が線香をあげようとするも、航平の義兄・鉄也(江口洋介)は会社を追い出したあげく、航平からの電話を無視し続けた祐馬を許すことが出来ず、殴りかかってしまう。故人を惜しむ場が荒れるのを防いだのは、航平の忘れ形見ともいえる娘・瞳(髙橋ひかる)の落ち着いた対応だった。かつての親友に子どもがいたことに驚く祐馬は、自分に何か出来ることはないかと瞳に聞くと、物憂げな瞳が重たい口を開いた。「西町から四十物町の曳山を取り返してくれますか?」。航平の故郷・富山県の新湊(しんみなと)にある四十物町(あいものちょう)では、前代未聞の曳山譲渡に町が揺れており、約束を反故にした新興の西町に、航平は最期を迎える瞬間まで抗議をしていたのだ。一方、東京では祐馬の会社が不正取引の疑いで強制捜査を受け、祐馬は会社や仲間だけでなく、全てを失ってしまうことに。一人になってしまった祐馬だったが、たった一つだけ残ったもの、瞳との約束を守るため再び新湊に向かうと、そこでは祭りがすぐ間近に迫っていた―。

※上記あらすじは東宝ウエブサイトより引用

新湊の街並み、生活感溢れる漁港の風景なかに曳山まつりに情熱を燃やす人々が魅力的に描かれ、田舎育ちの私には郷愁ととともにどこか共感できるものがあった。金沢からもそう遠くないので機会があれば一度訪れてみたい。映画製作にあたり「曳山まつり」をほぼ変わりなく再現、撮影に臨んでいるので、まさに今、祭りのなかにいるような感が味わえる。その土地土地の風土や風習が情景として描かれている映画は嫌いでないし、ましてや祭事はその集約と言ってもいい最たるものだから、映画の舞台としてはパーフェクトなのである。

俳優陣が其々の役柄を魅力的に演じていたので飽きずに観れた。だが、ストーリーに関しては今一歩。祐馬と航平が曳山を介して「つながり」を取り戻すというお話なのだが、祐馬の部下沢井や秘書の由希子の思い出のなかでしか航平が語られず、その人となりが直接的に伝わってこない。それが原因なのか、祐馬の心の在り様に思いを重ね切れなかった感がある。

また、亡き航平とひとり娘の瞳、ふたりの「つながり」においても同様に航平が見えてこない。瞳が祐馬に曳山を取り戻してほしいと口走るシーン。あれは亡き父の思いを叶えたいと思ったのか、悲嘆に暮れる鉄也たちを慮ってのことだったのか、単に四十物町に暮らすひとりとしてそう願ったのか、釈然としない。母をひとりぽっちにさせていた父を許せずいつまでも父のことを「あのひと」と呼んでいた瞳なのに、である。つまるところ、祐馬を新湊に呼び寄せたのは他でもない瞳だから、彼女はこころのどこかで亡き父と繋がりたくてしょうがなかったとみるべきなのか。航平の影が薄すぎて関係する人物の心の機微が推し量れず、互いの絆やつながりまでをも曖昧なものにしてしまっている。

それはそうとして、竹野内豊演じる都会的な祐馬と野性味を備えた江口洋介の鉄也がどちらも格好良くて、あっちの気は毛頭ないが、見惚れてしまった。男の優しさとか男意気、総じて男の色気みたいなものが映画の底流にありその象徴が曳山なのだろう。最後にひと言、小池栄子は本当にいい女優になった。今回もなかなかいい味出していた。こういう役にはもってこいの女優だと思う。

男優、女優を際立たせて点数を稼いでいるところはテレビドラマのようでもある。



・・・・

私どもの営むサロンには富山からお越しのお客様もおられます。評判のお店があるので新湊にお越しの際には「是非行かれっちゃ」とのことでした。 割烹かわぐち 新鮮なお魚がいただけるそうで。ランチもやってるので、私たちも足を延してみようと思ってます。