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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ
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雷雪の如く 1.

 大粒の霙(みぞれ)がフロントガラスを叩いている。金沢駅に降りてタクシー乗り場へと向かう途中に降りだした雨は霙に変わり、今また急に降りが強くなった。ボンネットに打ちつけるそのけたたましさは、さながら機関銃を手にした麻薬常習者が銃口をこちらに向け乱射しているかの様相だ。時折、閃光が山際を照らし 間をおいて空がゴロと唸る。

先ほどまで押し黙っていた初老の運転手がついに口を開いた。
「北陸の冬はこれなんですよ。雷と霙の二重奏。これが終わるとドカっと雪がやってくるんですわ。どうやろね。あと一週間もすればこの辺りは一面、真っ白になっとるやろな」

後部席の漆田敦也は結露で曇るガラス越し外に目をやる。

とうとう、ここまで来てしまったか -
街灯が間近に滲んでみえる。それも瞬く間に後方へと消え去っていった。夜の8時を少し回っただけというのに対向車に出合うことすらない。漆黒の闇のなか、霙の弾ける音だけが響く。ヘッドライトに照らされた一寸先の路面だけが頼りの、山峡の一本道。暗い闇に潜む得体のしれない生き物が今まさに我らを呑み込もうと大きく口を開けているかのようにもみえる。怖気づいた子犬のようにせわしなく振れるワイパーの向こうには死んだような民家の軒先が現れ、また一軒現れては闇へと消えた。

金沢駅を出て30分ほど走ったろうか。
「あと5分くらいかな」 
運転手がひとりごとのように言う。到着前に乗客に寝入ってしまわれては厄介なのだろう。耳たぶを引っ張りながらバックミラーを覗き込んでこちらの様子を窺っている。

「思ったより駅から遠いね」 轍のおうとつが車をガタガタと揺らし、その苛立ちが口に出た。
「この天気だからねえ」 仕方のないことだと言いたげな様子の運転手。こんな山道を走ることになるなんて聞いてないぞ、そう言っているようにも聞こえる。


金沢に降り立ったのは腹違いの姉の消息を確認するためだった。姉が勤めていたという旅館に部屋を予約している。宿の主によると1ケ月前、姉は忽然と姿を消したという。姉の身の上に何が起きたのか。何に怖れをなし何処に身を隠しているのか。その手掛かりを見つけるまでは絶対に帰れない。こう心に決めてきたのだが ・・・ もしかすると別の旅館で名を変え働いているのかもしれない。「いきなりやってくるなんてどういう風の吹き回し?」 なんてことを口走り、眼を丸くさせながらも義弟の突然の来訪を喜んでくれる ー そんな楽観した絵図もぼんやりとだが持っている。否、そう自らに言い聞かせているのかもしれない。人には優しく騙されやすい一面、無きにしも非ずの姉だが、毅然とした性格の持ち主でもある。事件や事故に巻き込まれたり自殺することなど到底考えられない。

姉は7歳年上で、現在43才になる。幼い頃 しばらくだけ一緒に過ごしたことがある。姉は、成人した後、父の元を離れ 大阪に移り住み、小さな町工場の事務員として働きだした。雑務だけでなく営業もこなしていた姉はたまに東京に出張することもあって、そんな時には必ず連絡をくれた。そして、学生の私はいつもご馳走にあずかった。「お義母さんには内緒だよ」と ウインクする姉をどこか眩しく感じたものだ。母と姉の関係は良好だった。姉は常に母を立てていたし、母は姉をひとりの大人として認め 接していた。今思うに、お互い踏み込んではならない領域を分かっていたのだろう。そんな賢かった母も私が社会に出る年、病に倒れ、帰らぬ人となった。

父が急逝したのは5年前。姉はすでに大阪の工場を辞め、北陸の小さな温泉場 湯涌で仲居を始めていた。不況のあおりを受けて会社が傾き、工場を辞めざるを得なくなったらしい。父の葬儀に戻ってきた姉は少しやつれてはいたが、哀しみのなかにも時折、にこやかな笑顔を見せていた。法要を済ませた後、再会を約束して別れたものの、それ以後 姉とは会っていない。連絡がないことを元気でいる証のように考えていたし、私自身も慌ただしい毎日に埋没しており 姉を慮る余裕すらなくなっていたのだ。

心にようやく余裕が生まれたのは最近のこと。遠く離れた姉のことも気になり始めていた。そんな折、互いの携帯番号を確認しているにも拘わらず、その姉から封書の手紙が届く。大事な話があるから金沢を訪ねてほしいとの旨だった。季節の挨拶と近況を知らせる穏やかな書き出しの手紙であったが、心に引っかかるものを感じた。不安が過ぎる。今ではもう、血のつながりのある唯一の人、幼い頃には女神のように思えた弟思いの優しい姉が目蓋に浮かんだ。不安を打ち消すべく電話をかけたが、全く繋がらない。何度かけても繋がらなかった。携帯番号を変更したのか。今度は姉の住所に宛てて手紙を送る。だが、何の音沙汰もない。居てもたってもおられず、私は急遽1週間の休暇を会社に申し出、こうして姉の所在を確認するためここ金沢に足を踏み入れたのだ。

辺りが明るさを取り戻しつつあった。温泉組合の看板の「ようこそ」の文字が視線を横切る。スナックの古びたサインに灯が灯る。人の温もり、息づかいを感じられる場所にようやくたどり着いたようだ。姉は一体ここでどんな暮らしをしていたのだろうか。果たしてまだこの地に留まっているのだろうか。そしてこの私に何を伝えたいというのか。。

タクシーは小さな宿の前に横付けされた。
「さ、お客さん、着きましたよ。雨が止んでるうちにお入りください」