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解剖学を学ぶこと

新しく入校された生徒さんのベーシッククラスの実技授業も終盤に差し掛かりました。先日には解剖学の単位も修得し、いよいよ実技の試験へと歩を進めます。当スクールでは、実技練習のほか、解剖学などの授業にも僅かですが 時間を割きます。解剖学と言っても 基礎をお浚いするようなものですが、人の身体を扱う仕事である以上、知っておくべきことも少なからず有ると思います。

解剖と聞くと小学校の理科の授業で鮒や蛙を解剖した記憶のある方も多いと思います。とてもじゃないけど実験台に近づくことすら出来なかったという神経の細い怖がってばかりの方も少なからずおられたのではないでしょうか。確かに気持ちのいいものではないですね。この実験が小動物でなく人体だったらと思うと尚更です。今流行りの検死官ドラマの見すぎかな。
 
一見、残酷なもののようですが、それでも解剖学を学ぶことには深い意義があると思います。私たちのように、より質の高いケアやトリートメントを目指すセラピストにとっては、触診することで皮膚の下の状態を視覚化したり、問診することで各器官の状態が今どうなのかを知ることはとても大切なことであり、解剖学はその礎となります。

医療従事者やセラピストばかりでなくとも一般の人にとっても有意義です。 解剖学や生理学を学ぶことは自らの身体を異常をいち早く察知し、病気を未然に防ぐことに大いに役立つからです。病気になって初めてその病気に詳しくなる方もおられますが、病気に詳しかったらもしかすると予防できたのかもしれません。そう思いませんか?医者の不養生という言葉があるから一概には言えないのかな。。

また、そんな解剖学の学びにはスピリチュアルでセラピスティックな一面もあります。
最近のドラマ「ブルドクター」では、主演の江角マキコが検死官役を演じてましたが、その一幕に、小学校に通う彼女の息子が解剖を生業とする母のことで悲しい思いをするというくだりがありました。結局は江角自身の誤解だったようですが、「死体」と向き合う仕事には常に生理的な部分によるところでしょうか、無理解や誤解が生まれやすいようです。

青木新門原作 本木雅弘主演の「おくりびと」に相通ずるものがありますね。既に観られた方は分かると思いますが、死に常々真摯に向き合うからこそ、その人あるいはその人の人生に対して敬意を払うようになれるのだろうという気がします。解剖という行為もまた同じかもしれません。
 
解剖とは解体を意味します。どんなものでもバラバラにしてしまえば元にもどすことは容易なことではありません。パソコンゲームのようにリセットできないのです。同じように私たちの人生にも振り出しに戻したくても戻すことのできない局面があるというものです。リセットできないことがあることを知ることで、人は一日一日を大切に生きることを覚えるのではないですか? 

だとすれば、寧ろ解剖学こそ我々に命の尊さを教えてくれる学問であり、また素晴らしい生き方を知るための人生哲学だとも言えます。さらに大切な肉親の検体を許した遺族の尊いお気持ちが今の医学の礎を築いていることを考えるなら、解剖学は人間愛に溢れた心の通った学問だとも言えるのではないでしょうか。



 
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