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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ
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いつかのクリスマス・イブ

 玲子から電話があったのは午後の9時を少し過ぎた頃だった。高2の時から付き合っていた3つ年上の彼と大喧嘩し、たった今 別れてきたと言う。酷く落ち込んだ様子で このまま放っておいたら死んでしまうんじゃねーのか・・・ そんな心配が脳裏をかすめた。俺はダウンひとつ羽織って彼女の住むアパートへと原チャリを走らせた。

しかし、よりによってこんな日に喧嘩はないだろう。恋人同士であれば1年で最も大切にしたい日のはずではないか。今日はクリスマス・イブなのだ。どうせ玲子のことだから、あの歯に衣着せぬ物言いが終ぞ彼を怒らせてしまったに違いない。悪気は全くないのだろうけれど、彼女のあのストレートな性格は時々人に誤解を与えてしまうのだ。

幼馴染の俺と玲子は同い年だが、まるで弟に命令するかのようにこの俺を顎で遣ったりもする。そんな太々しさが玲子にはある。かと思えば、まるで無垢な少女のように純真な一面を垣間見せたりもする。本当に不思議な女だ。  

アパートに着いた。呼び鈴を押すが応答がない。ドアを引くと開いた。開けっ放しだ。不用心にも程がある。入るぞ!と一声かけて中に入った。足を踏み入れて俺は驚いた。整理整頓が苦手な俺だがこれ程まででない。小物や雑貨、ファッション誌に交じって足の踏み場もないほどに洋服、部屋着が脱ぎ捨てられている。

そしてその奥のベッドへ。そこには布団に包まり突っ伏している得体の知れない生き物が。。僅かながら呼吸をしているようだが、死んでるようにもみえる。辛うじて見えてる床の部分を渡り歩き、べッドに近づき、声を掛けた。

「おい。玲子。大丈夫かよ!お前らしくねーな。慰めに来てやったからさ。さあ、起きてこいよ」
大丈夫な筈ないな、とは思いつつも、俺はその塊に続けて言葉を掛けた。

「酒が強えーお前に。いつも飲んでる安酒!持ってきたからな。ワインもあるぞ。ほら、起きろ!」
俺は担いできたバックパックから酒の瓶を取りだし、両手でカチカチ鳴らしてみせた。反応はない。今度は背中を揺すってみたが、ウンともスンとも言わない。まるで蚕だ。

にっちもさっちも行かなくなった俺はひとり、持ってきたウイスキーを飲み始めた。考えてみれば情けない話である。仕事帰りに同僚を飲みに誘うも「今日は・・・ダメ」と軒並み断られ、それでもひとり、コンビニ弁当を肴にイブの夜をお祝いしようと ビールの封を切った、、その直後、、、恨めしき電話の音!こうして今、俺はここにいて、、挙句の果ては物言わぬ塊との我慢比べだ。我慢比べならまだしも傍からすると傷の舐めあい?そう取られかねない状況ではないか。

「だから、いつも言ってたろ!女王様気取りの我儘女を好きになってくれるような物好きはそうそういないって。全てを包んでやれる、まぁ、俺みたいな包容力のある男にしか相手に出来やしないのさ、お前みたいな女は」
いつか玲子に言ったこんな言葉にも「私を口説いてるつもり?」と、あの時も彼女はからかうようにそう言って ケラケラ笑ってたっけ。

いつしかウイスキーのボトルは空になり、次はワインを開封しようとオープナーを探し始める。簡単に見つけることができたから決して運は悪くない。冷蔵庫を開けると御誂えのブルーチーズがあるではないか。さてさて、夜は長いぞ。ひとりパーティーの再開といきますかー

それはそうと、人に散々心配させといてこんな仕打ちで迎える玲子にも無性にムカつくが、その彼なる男にはどうにも腹が立つ。「イブ」は特別な日ではないのか。たとえ少しばかり口論になったとしても普通なら矛を納めその場をやり過ごす、それが言わば大人の男のやることだ。いつか会ったら絶対一言言ってやる・・・・・・・・・・・・・・



 どれだけの時間が過ぎたのだろうか。鳥のさえずりが朝の訪れを知らせている。朝の陽光が窓から入り込みテーブルに伏せっている俺の横顔を照らし始める。美しいさえずりの音色とは裏腹に、俺の脳内では無数のカラスがガーガーと喚き散らしている。そして、俺の蝸牛管を引きちぎらんばかりに啄んでいる。目がグルグル回る。あー、無茶苦茶、気持ち悪い。頭が割れるほど痛たい。何度かトイレに駆け込んだようだがどうにも記憶が曖昧だ。とにかくもう少しこのまま静かにいるしかない。

一瞬、ちらっと陽射しを遮る影が動いた。そういえば、先ほどはドライヤーの音もしていたような。あ、そうか、怜子だ。瞼が重くて目は開かない。が、気配で分かる。玲子が傍にきた。触れ合う距離にきてくれた。心配してくれているのだ。そして、ついに彼女の手を背中に感じた。そしてその手は優しく、あくまで優しく、俺の背中を擦りはじめた。

あ、あ・・やっぱり素敵で優しい女性なんだよなぁ 玲子は。

「お前。一体、何しに来たんだよ。トイレ、しっかり掃除して帰ってよね。あんたのゲロですっごい事になってるんだから!」
やっぱり玲子は玲子である。僅かながらの切なさを秘めた安堵の吐息が吐き気とともに上がってきた。

「あ、ブルーチーズのお代、忘れずおいといてね。わたし今から出かけるから」
遠くでダメ押しの声がした。