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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ
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雷雪の如く 10.

   食事が終わる頃になってようやく女将が部屋にやってきた。宿泊客への挨拶回りが長引いてしまったらしい。お食事の時間を見計らって客の部屋に挨拶に出向くのも女将の仕事のひとつで、常連の客には酌のひとつもするらしい。客のなかには女将にここぞとばかりに返杯を強要する者もあり、断り切れないことも少なくないという。今日はたまたまそんな客に遭遇してしまったとのことだ。遅くなったことの弁解である。女将が客の勧めに好んで応じているのか そうでないのかは別にして、老舗の旅館と言えども水商売、女将となれば大変な仕事には違いない。酒も嗜むどころかイケる口でなければ務まらないのかも。

「姉が姿を消した理由が知りたいのですが、女将さんは何かご存知ですか?」
小夜がパントリーに戻る時を見計らって女将に聞いた。
「どうでしょうか。本当のところは分かりません。ただ、静香さんがお姉さんの彼氏に熱を上げてしまって。その事がいたたまれなくて自ら身を引いたのかと。なにせ、雪さんは静香さんと仲良くしてましたので・・・」

「その彼氏は今どこで何をしておられるか、女将さんはご存知ですか?」
「いえ。どうしているのかしら。雪さんとふたりでいるところを一度、街でみかけましたわ。だいぶ前のことね。背が高くて大人しそうな人。雪さんが大阪から湯涌に越してくる時に彼も一緒に金沢に越してきたと聞いたことがあります。お付き合いしているには違いないのでしょうけど、其々のお仕事の関係で一緒に住むことは断念したみたいね。当時、彼は金沢のホテルに勤めているって雪さんから聞いてますけど、どこだかは存じ上げません。互いの休みの日を合わせるようにして頻繁に会っていたようですわ」 と、女将。語尾が流れるのは少し酔っているせいなのか。ただ女将はそれを悟られまいとしている。

「男の名はご存知ですか?」
「しんちゃんって言ったかしら。いつも雪さんの話のなかに出てきてましたので 多分間違いないと思います。ちょっとだけ年下じゃないのかしら、雪ちゃんより」
今晩、「スナック波奈」にやってくる男が ‶しんちゃん″なのだろうか。その男は本当に姉に愛されていたのか?自分と変わらない年齢のその‶しんちゃん″と呼ばれる男は。。

「静香さんが御社をお辞めになったと聞きましたが、理由はお聞き及びですか?」
静香の話題に切り替えた。
「静香さんね ・・・」
女将が口を開こうとすると襖の向こうから声がした。小夜がデザートを持って入室してくる。
小夜はおずおずとした仕草でデザートの品を供する。黒豆を寒天で固めてきな粉を塗したような一品だ。
「小夜さんは何かご存じありませんか?静香さんについては?」
小夜はハッとして女将に視線を泳がせる。
「そうだわ。小夜さん!あなた、何か聞いていることあると言ってたわね。いいのよ。言ってみて。お世話になった雪さんの弟さんがそう仰ってるのよ」
「で、でも、女将・・」
小夜は口籠る。その様子を見て女将が意を決したように話し始める。
「実はね、漆田様。静香さんには悪い癖がありましてね。その悪い癖がある時、ひょんなことで露呈しましたの。ご本人も大変な事になったと思ったのかしらね。何を思ったのか、静香さんは咄嗟にその悪さを雪さんに被せようとなさったの」

「その悪さとは何ですか?」
「盗み。お客様の財布が中身ごと無くなってしまったの。結構なお金持ちのお客様で財布には現金で50万くらい入ってたって。あの時は本当に困りました。交番に相談して従業員総出で家探しましたの。現金の他にもカードがいくつも入ってたのですが、カードだけは旅館の裏山に捨てられていたのが発見されたのです。お部屋の担当が雪さんでしたので、彼女のアパートにまで行って彼女の部屋のなかを探しましたのね。勿論、雪さんの了解を得ての事よ。雪さんも自分の身の潔白を証明したかったのね。すぐに了解してくれましたわ。駐在さんにも立ち会っていただいて部屋のなかをとりあえず形だけのつもりで探して回ったのです。すると、どうでしょう。ありえない様な話なのですが、なんとその財布が見つかりましたの。ベランダに置いてあったツールボックスの中から。それはもう、皆 びっくりしました。でもそうね。一番驚いていたのは、、恐らく雪さん」

「その後、姉はどうしてましたか?」
「私ではないと言い張ってましたわ。だけど、どこか思い詰めているようなところもあって。。薄々感じていたんじゃないでしょうかね、静香さんの仕業でなかろうかと。静香さんはまるで自分の家のように雪さんの部屋に出入りしてましたから」
「私の知ってる姉はそんな事をする人ではありません。お話のように静香さんが頻繁に姉の部屋に出入りしていたのであれば、静香さんは限りなく黒に近い・・・」
「勿論、私も雪さんがやったとは思っておりません。主人も、そして小夜さんも。ねえ。小夜さん!」
女将は小夜に振る。小さく頷く小夜。

「皆、静香さんがやったのではないかと疑っておりますの。でも、どこにも証拠はありません。結局、真相は解らず仕舞い。ただ、財布が雪さんの部屋で見つかったものですから、会社が掛けていた盗難保険は下りず、お客様には私共で全額弁済させていただいた次第です。雪さんにはそれが最も辛かったのではないでしょうか。働きながら少しづつでも必ずお返ししますと言ってましたの。泣けてくるほど律儀でしょう。だから、駐在さんには内々に治めてほしいとお願いしましたの。雪さんのこともよく知っている駐在さんですから、雪さんが犯人になるようなことはしないと承諾していただきましたのね」

「その後、姉と静香さんはうまくやってましたか」
「まあ、雪さんは大人ですから ー 雪さんがどんな気持ちで仕事していたのか知らないのですが、多分に腹立たしかったのではないでしょうか。私の推測ですが。そんな時です。彼が静香さんの前に現れた。。」
「姉の彼氏ですか?」
「そう。その彼氏と静香さんがどんな因果で巡り合ったのかは存じ上げませんが、静香さんがその彼のことを一方的に好きになったようで。。人の物を盗るのが余程好きみたい。どうしようもない娘だわ」
「静香さんのなかでは、姉は邪魔な存在になったということですか?」
「そうね。でも、雪さんに対しては例の盗難の件も心苦しかったのでしょうか、一方では雪さんのことをとても気にしており、心配していたようです。よくは分りませんけど、静香さんはそれほど性根の悪い娘ではないのかもしれないと、、思っておりますの」
「女将さんが、、そうして甘やかすから 。。」
小夜が不服そうに口を挟む。

「私共もこんな失態、あまり世間様に広がっては困りますもので。多分、主人も漆田様にはお伝えしずらかったのでしょう。どうぞ、その点をお含みおき下さい」 
女将は最後に深々と頭を下げ、話を締めくくった。

姉は静香に拉致されたのか。いや、女ひとりにそれは容易なことではない。姉の彼、‶しんちゃん″と呼ばれるその男が一枚、嚙んでいるのではないだろうか。

-今晩は途轍もない長い夜になる- 漆田にはそう思えて仕方なかった。

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