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カフェマグノリアへようこそ!

日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
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桜の潔さ



金沢城公園に入る。こちらは兼六園よりのんびりとした雰囲気だ。

それにしても外国からのお客様の多いこと多いこと。外国の方がをみて美しいと感じてくれることはを愛する日本人として悪い気はしないけど、もしキレイなものを見て ただキレイと感じているだけだとしたらどこか物足りない。我々がを美しいと感じるのはどうしてか、その辺りの精神性みたいな部分も説いてあげられたなら、より興味深く「」を鑑賞してもらえるのではないかと、そしてもっと日本を満喫してもらえるのではないかと思うのだ。





春になり、いっせいに咲き乱れて人を歓喜させたかと思うと瞬時に散って惜心を抱かせる。それがだ。その様子からの開花は幸先よいの吉祥と寿ぎ、散りゆく姿を残心そして武士道にも通ずる潔さにたとえられた。生きて華やぐも潔く死して終わるも快いという日本の美意識がそこにある。



貴族社会の平安時代は大陸からの影響もあって「梅」が主役だった。「桜」がもてはやされるようになったのは武士社会が形を成してきた鎌倉時代。武士の切腹という行為も潔く死して美しいものだったのだろうし、それ以後の、あの戦争で決死の覚悟で飛び立った特攻隊だって、、少なからずそんな想念が働いていたのかもしれない。 日本独自の死生観・・



どうだろう。。外国の方々に共感してもらえるのか、共感なくとも理解があるのか。 ‴見事に散る‴ と歌うあの「同期の桜」を聞かせたならばどうなのか。様々な想いが駆け巡る。



                 この桜は「サトザクラ」のひとつ。名は調べてほしい