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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ
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雷雪の如く 4.

 姉は依然と姿をみせていない、そう倉西は言っていた。笑顔で迎えてくれるかもしれないという、宿に着くまでの淡い期待はものの見事に打ち砕かれた。しかしながら、悲嘆に暮れている暇は漆田にはない。

 早速、姉が住んでいたアパートの大家に連絡を入れる。「村井アパート」。横文字が横行する今時にしては珍しい名が付いていた。多分、村井さんのアパートだから村井アパートなのだ。電話をかけると直ぐに繋がった。やはり大家の姓は村井。電話の向こうはしわがれ声。大家はかなり歳を食っているようだ。

私は自分の素性を明かし姉の話を聞きたいと申し出た。村井がその申し出をすぐさま快諾したところをみると何の疑念も抱いてはいない。電話で少しばかり話をしたが、この村井という男、相当、姉のことを心配しているようだ。よほど付き合いが深かったのか、村井には姉が必ず戻ってくると信じているようなところさえある。村井は未だに姉との賃貸契約を継続したままにしてくれていた。とは言え、契約者本人の所在が確認されないままこれ以上引き延ばしておくわけにもいかず、年を越えても連絡がない場合は契約不履行という形で処理せざるを得ないと村井は話した。

私は姉が残した未払い分の家賃と今月以降の3ケ月分を前払いすることを村井に告げた。姉に戻って貰いたいと願う気持ちは村井の比ではないし、万が一、事が長引いたとしてもここを塒(ねぐら)に姉の捜索を続行できると考えた。事情が事情なだけに弟だと証明できればそれほど難しい話ではないはずだ。

姉の部屋を見たいと村井に伝えると、村井は今すぐでも問題ないと答えた。部屋の借主の弟だと名乗る男が突然現れ、所在の分らぬままになっている姉の部屋代の未払い分まで払おうと言っているのだ。村井にとってもこんな有難い話はないだろう。

気を良くしたのか、村井は宿まで迎えに来るという。ここから姉のアパートまではそう遠くはなく、現地で落ち合うこともできるが、昨夜の積雪が所々残っており、足元は決して良好とはいえない。漆田は村井の好意を受けることにした。

 村井は矍鑠(かくしゃく)とした老人だった。腰は曲がっているが浅黒い顔と細身の体は健康そのもの。村井に促されるままに迎えのミニバンの助手席に乗り込んだ。村井が話を切り出す。

「漆田さん。景子さんなら、よおく知ってるわい。噂じゃ、夜逃げでもしたんじゃなかろうかと言われとるらしいが、わしゃ信じてはおらんのや。ちょこっと旅行するにしてもこっちにはちゃんと連絡をいれるホンマに律儀な娘やったからな。お土産も忘れることはない。いつも必ず手渡してくれるんや。そんな娘がわしら夫婦にな~んも言わんと出ていくなんて絶対ありはしないと思っとるがです」
「姉らしいですね」
「お家賃にしても滞ることなんて今まで一度もありゃせん。美しい娘じゃったから言い寄る男はいたじゃろうがな。しかし、こん度、珍しく家賃が支払われてなかったもので、どうしたものかと思ってた矢先のことや。くらにしの社長さんから電話があって彼女の安否を確認したいと言いよるんや。それで、駐在さんに来てもらって彼女の部屋を開けたんやわ。そのあとは聞いておるやろ。わしもその時は自分の目を疑った。雪ちゃんに何の事情があったんやろ。そんでも、わしゃ、今でも彼女がひょっこり戻ってくるんやなかろうかと思っとるがです」

「こちらに来て初めて頑張っていた姉の気持ちに触れることが出来ました。村井さん。有難うございます」
「家賃なんていつでもええって言うとったんやがの」
村井の言葉に姉の優しい面影がまた蘇る。姉はこの地でも周囲の人達に対して心配りを忘れずひとり懸命に生きていたのだ。

「彼女が湯涌に越してくる時もわしが応対したんやがな。くらにしさんから歩いてもそう遠くないからここがいいとわしらのアパートに決めてくれたんじゃがな。キレイなのに家賃も高くないとそれはもう喜んでくれたがや。浅川村の下田不動産のおっちゃんも一緒やったが、えらいベッピンさんやったんで、わしも舞い上がってしもての」

 村井は話を中断して車を路肩に寄せる。
「これがそのアパート。2号室が雪ちゃんの部屋や」
村井が視線の先には箱型の建物。私たちは車を降りる。

上下階合わせて8室ほど木造のアパートだった。建物の中間に階段が設けられている。古くはないが、そう新しくもない。外装は塗装されて間もないようだ。建物の正面は舗装され、駐車スペースとして4台ばかり停められるようになっていた。周囲には民家が並び、遊具のある公園も遠くに小さく見える。住宅街に来ているらしい。


村井は2号室の前で立ち止まり、小窓を隔てて中を窺った。
「まだ帰ってないようだが」
ノックをしても応答がない。村井は自前の鍵を使って先に室内に入った。しばらく、中の様子を窺っていた村井だが、誰もいないことがわかると私を中に招き入れた。どの部屋もなかは空っぽだったが、カーテンはそのまま残っており、いつでも戻れる状態だ。ダイニングのカーテンを開けると日が差し込んできた。落葉で埋め尽くされた隣家の庭が見える。融け残った雪溜まりが光を放っている。日当たりもそう悪くはない。

2DK、全て部屋を覗いた後、村井がまたぽつりと言う。
「やはり雪ちゃんが戻った気配はない」
「姉はここでひとり生活していたのですね」 私が尋ねた。
「二人で暮らしていたという話は聞いてないんや。もしそうなら隣の住人にも解るやろし、あれだけキレイな娘やからすぐに噂になっとるはずや。静香もそれは否定していたな」

「静香さんをご存じですか」
「あ、村の娘なもんでな。噂はよおく聞くけんど、話したことはなかったがです。あの日、静香は女将とここに来て雪ちゃんの姿がないことにかなりショックを受けていたようなんで、この娘が何かの事情を知っているものと思ってな。それとなく聞いてみたんだが・・・ その時が初めてや」
「静香さんは湯涌を出て行ったと聞いておりますが、そのことはご存知でしたか?」
「ええ。聞いとります。でも、またすぐに戻ってくるのと違いますかな。前にも同じようなことがあったと聞いとりますから」
村井は、静香は男にだらしなく、いつも男に熱を上げては捨てられる、そんな恋愛を繰り返すばかりで、今回もまた、ご多聞に漏れず、誰もが忘れた頃にまたこの村に舞い戻ってくるのだろうと考えている。誰かに吹き込まれているのかもしれない。ここはあえて話を変えよう。

「先程、姉が湯涌に越してきたときもお世話くださったとお聞きしましたが」
「ああ、下田のおっさんが同行していた時の事やね。。そういえば、あの時、おっさん以外にもうひとり男がいたような・・・」
村井は戸締りをする手を止め、遠い過去の記憶を辿ろうと考え込んだ。
「男ですか」
「おっさんはひとりで動くから・・下田んとこはおっさん以外に店番のかみさんがいるだけやし。ということは、雪ちゃんの連れだったのかいな。。なんせ、随分と前のことなんでなー、あんた様ではなかったのかいな」
「も、もちろん、私ではありません」
「そうそう。。雪ちゃんと仲良さげにおしゃべりしてたような。。」
「年の頃は?どんな身なりでしたか?どんな些細なことでも結構です。思い出すことの全てを教えてください」
話の中に突如現れた男に一瞬、我を忘れて前のめりになってしまう
「雪ちゃんと変わらぬ年頃でなかったかと。。背が高くてね。あんた様みたいに垢抜けた都会の匂いのする男やったかな」

その男は姉の恋人なのだろうか。それともただの知り合いなのか。美しい姉だ。男がいてもなんら不思議はない。その男が恋人であるならその彼は今どこにいるのか。姉とともにどこか遠くに行ってしまったのか。ブラウス姿の姉が脳裏に浮かんだ。襟元から露出する姉の透き通るような白い肌が眩しい。そして、今度はその姉と肩を寄せ合うように佇む男の姿が焦点を結んだ。だが、その男に顔はない。

針を刺すような胸の痛みが漆田を襲っていた。