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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ
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雷雪の如く 3.

 ロビーは客室棟へと続く廊下の手前にあった。籐製の衝立てにより仕切られている。12畳程度の、その決して広くないその空間にの中央には膝ほどの高さの大きな木目調のテーブルが置かれており、そのテーブルを取り囲むように4人掛けの本革のソファーと四角形の肘掛け椅子が3脚、配置されている。右奥には暖炉。薪が焚かれてはいるが、くべて間もないのだろう。それほど暖かくは感じられない。漆田は椅子のひとつに腰を下ろし、宿の主人を待つことにした。

約束の時間から10分が過ぎた頃、ひとりの男が近づいてきた。
「漆田様。えらい長いことお待たせしちまって」
主らしき男の声に腰を上げる。グレーの作業着に足の先が空いたサンダル。上背は自分の肩ほどもない。薄毛の頭に手を回し、恐縮しながら近づいてくるその姿はどこか猿にも似ている。

「いえ。私の方こそ朝のお忙しいなかお時間をいただき恐縮しています」
「何を仰る。こちらこそお泊り下さってホントに有難く思っとります。昨日はご挨拶もできずに本当にご無礼致しました。いやね、昨晩は、組合の会合が長引きましたもので」

「つまらぬものですが、皆さまで」
あらかじめ用意していた手土産を渡す。
「あらま、お気遣いただいて・・」
倉西は嬉しそうに受け取ると、名刺を差し出した。
「あらためまして。倉西です」

名は倉西耕作。肩書には「いにしえの宿くらにし」代表取締役とある。何度か電話で応対してくれた宿の主人だ。しかし、倉西の、くしゃりと潰れたような顔に、およそ知性とは無縁のみるからに貧相な風体はさも卑しげで、これほど肩書が似つかわしくない男も珍しい。いずれにしろ、名刺を出されたら返さねばなるまい。私は手早く自分の名刺を取り出すと倉西に差し出した。だが、倉西はその名刺を無造作に受け取ると、何の興味を示すことなくすぐさま手垢で汚れた名刺入れにしまい込む。そして再度、私に腰かけるように促した。

「雪ちゃんのことやね。あ、いや失礼。景子さん、そう、漆田景子さん。お宅様の姉さまでいらしたのですね。うちでは源氏名の雪子で通ってましてね。ついついそう呼んでしまうのです」
「雪子ですか・・」 色白の姉の顔が目に浮ぶ。

「宿のほうにはいまだ戻ってきてはいませんか?」
「お電話でお話した後も進展はございません。あれ以来、雪ちゃんは一度も顔をみせておりませんね。どうしちゃったのかしらね。居なくなってから確か2日後やったですかね。こっちも心配なもんで、雪ちゃんと仲良くしてた静香という名の仲居に雪ちゃんが借りてたアパートまで確認に行かせたんですけどね。全く人の気配がないらしくて。。静香もね、もしかすると部屋の中で脳卒中か何かでぶっ倒れているのかもしれないとか。まぁ、とにかくギャーギャー喚くのもだから、こっちもそれならまずいと思いましてね。取り急ぎ村の交番の許可を貰って大家に鍵を開けさせたんで」

「姉の姿はなかった。。」
「ええ。誰もおらんかったです。雪ちゃんの姿どころか、家具の一切合切が、、、忽然と消えていたというんです」
「何も残ってない?」
「ええ。どこぞの悪い高利貸しに金でも借りて、それが返せなくなって夜逃げでもしたんやないかと皆で話しておったんです。あ、あー、失礼しました。お気を悪くされたなら、どうかお許しください」
「・・・・ ご主人が直に室内を確認されたのですか」
「いや、うちの女将と静香が確認しました。もちろん、警察の立ち合いのもとで」

「その静香さんは本日、出勤されてますか」
「それがねえ。。」 倉西は暗い表情で言葉を濁す。
「あれから半月もしねえうちに急に辞めたいと言い出してね。若い仲居はこんな温泉場には珍しくてね。地元の若い衆にも人気があったからね。女将も相当引き止めはしたんだけど。。本人の意志は固かったみたいで」

静香という仲居は姉の失踪について何かを掴んだのではないか。そして、それが原因で自分自身もまた姿を消さざるを得なくなった。そう考えても無理はない。彼女は今どこに。先ずは、静香という女の居場所を突き止めねばならない。

「まー、近頃の娘は男でも出来ようもんならよう堪えることもせん。みんな男を追って都会に出ていきよる。一人前に育てた恩義も何もあったもんやない!」
倉西の静香に対する決めつけたような物言いにこの男の本性がみえる。

「女将とも話したいのですが、よろしいでしょうか」
「お客様のご要望なら、お断りする道理はありませんね」

「あ、それから、静香さんの写真。例えば履歴書の顔写真とか何かそのような類のものありますでしょうか」
「ん、確か、去年の慰安会で京都に行ったときのものが残ってると記憶しております。うちみたいなところではね。写真の貼ってない履歴書も結構あるがです。仲居を希望して面接に来られる人は特にそうやね。訳アリで流れてくる子も多いから」
倉西はやれやれというような顔をして首の後ろを片手でポンポンと軽く叩いてみせた。