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  • 誇り (2010.07.30)
      

誇り

は終わった。

それは愛小説の結末のようにあっけなく終わってしまうだった。
燃え焦がれるような表紙と甘い表題に目を奪われ積まれているもののなかからこの一冊を手に取った。男女の偶然の出会いにも似ている。浮き立つような気持ちに誘われページを捲れば、すぐ先の結果が知りたくてまた次のページを捲る。指でページを跳ねるたびに本はどんどん薄くなり、そしてとうとう物語はエピローグへと移行する。待っているのは薄っぺらなにお似合いの最後の駆け引きとあっけない幕切れ。本が厚さを失うに度に 主人公ののメッキも剥がれ落ち、ついには冷めた読み手だけが取り残される。文字の羅列が途切れると感慨に耽る間もなくその本は閉じられた。 まさにそんなだった。

 
「君は俺みたいな男にはもったいないよ。。 別れよう」
突然切り出された彼からの言葉。いつものように彼との時を過ごしいつものようにその甘く楽しい一日をこのカフェで二人振り返る。今日もそのはずだった。どうしてこんなことになったのだろうか?自らの心に問いかけるも行き場のない思いが胸を締め付けるだけ。彼との長い月日も今日というまばたきするほどの一瞬さえも 過ぎ去った時はやり直すことはできない。悲しい現実。

「君には寂しい思いはさせたくないんだ」
彼の言葉に唖然とする。ニューヨーク支社に栄転することになったとの彼からの報告を素直に喜んでいた先程までの私はもういない。彼の視線を無表情で受け止める、それが私に出来る唯一の抵抗なのだ。
 

「それなんだよ!それ。君はプライドの高い女さ。確かに君は美しいし、洋服のセンスもいい。他の女にはない品の良さも備えている。俺は君のプライドを傷つけないよう必死に努力してきたし、そのプライドを守る為の道具を常に揃えてきたつもりだ」
だからどうなの?との言葉を喉元に押しとどめ、私は次の言葉を待った。

時が止まる。 彼はテーブルに片肘を付き、結露で曇る窓の向こうの道行く人々に目を向けた。耳障りのいい言葉でも捜しているのだろうか? この彼との交際ももう3年になる。付き合いはじめの頃は、颯爽とした明るさと人懐っこい彼の性格が一際 眩しく感じた。そして何より優しかった。今でも彼は私を一級のレディとして扱ってくれるしそんな彼を嫌いになれない私がいて、彼もまた私のことを愛しているからこそそうしてくれる・・・ 高を括っていた。
 
でも、それは幻影だった。3年という年月で紡ぐ恋もあれば綻びを繕うだけの恋もある。欠点のない人間なんてこの世にいないはず・・・ そう思うことにして、彼のいい所だけを見ようと心に決めたのは一年前。この人は優しい言葉で、優しい態度で人を傷つける。自分勝手な男・・・気づいてはいても肯定したくはなかった、その時でさえ。
 
「まだまだ君は若い。俺みたいな男より、いずれもっといい男が必ず現れ・・」
今更、言葉を選んで「さよなら」を告げられてもしょうがない。

「そういうことなのね。あちらに行ってもお元気で・・」
私は言葉を続けようとする彼を制し、伝票を摘み上げるとコート片手に席を立ち、レジに向かった。

「さようなら。君も元気で・・」
僅かながら憂いを込めた彼の声が耳鳴りのように追いかけてくる。
言葉の意味はこのうえなく優しい。けれども氷のように冷たく鋭利な刃は私の背中に容赦なく突き刺さった。振り返ることはない。
 
あれ以来、心の晴れない日が続く。食欲も沸かず、出歩く気持ちにもなれない。いつも二人で過ごすカフェでのひとときは、彼にとっても大切な1ページだったはず・・・ なのにどうして。その思いは確かにある。けれども、あの日「それまでの男」と割り切った自分もここにいる。

 「プライドの高い女」彼はそう言った。あの時、彼の言うプライドをかなぐり捨てて涙し「捨てないで」と懇願すればよかったのかしらと・・・ 馬鹿みたい。解れた糸を結び直し、綻びを繕うほどにこの愛を信じようとしたプライド。それはまさに私のプライドであって否定するつもりはない。では、何ゆえ気持ちが癒えないのだろう。自問自答の半年はこうして過ぎた。
 
 
ある日曜の朝、普段の休日と変わらず ひと通り家事を済ませ、お気に入りのカモミールティーを淹れて一息つくと突然電話が鳴った。受話器を取り名を告げると懐かしい声が聞えてきた。低く落ち着いた声だが厭味のない、その声の主はあのカフェの店長だ。
 
「おはようございます。お元気でいらっしゃいますか。カフェマグノリアです。今、こちらに桜井様がお越しですが、恵理様に連絡を取れと番号を渡されまして。。どうしてもと言われるものですから・・・」 

マスターから受話器をひったくりでもしたのか、すぐさま、あの慣れ親しんだ明るいトーンの声が響く。
「恵理?どう、元気してる?俺だよ俺。昨日、本社で会議があって、一昨日からこっちに来てるんだ。携帯からじゃ、恵理のことだから、どうせ・・」


今、彼の声は雑音にしか聞えない。その雑音を遮るように言葉を挟む。
「ねえ。健太郎。いえ、桜井さん。貴方に言い忘れていたことがあるの」

「そうなんだ。僕も恵理に言いたい事があってね。今日の午後、身体が空くんだけど、良かったら飯でもどうかな」
私は答えない。

受話器の向こうでこちらの様子を伺っている彼が見て取れる。
暫しの沈黙。
 
「なぁ、恵理。やっぱり俺にはお前しか・・・」

「さようなら。これまで有難う。ホントに楽しかった。いつまでもお元気で」
私はきっぱりと、なお且つ心を込めてそう言った。そして静かに受話器を置く。
これで本当のさよなら。
 
初夏の風がカーテンを揺らし部屋に入り込んできた。なんと心地よい風なのだろう。木洩れ日が外から手招きをしている。ひとりも楽しいわよ。あの街に繰り出してみてはいかが?曇り淀んでいたはずの私の心は抜けるような空色へと変わり、まるで新しい自分を誘っているかのように語りかけてきた。