カフェマグノリアへようこそ!

日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ
2017年06月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2017年08月
TOP ≫ ピアノ
TAG ≫ ピアノ
      

隠恋慕(かくれんぼ)

 今日の午後、僕の大好きな圭ちゃんが帰ってくる。圭ちゃんとは言っても、もう2児のお母さんだ。圭ちゃんに会うのは久しぶり・・。きっと素敵なママさんになっているに違いない。そろそろ空港に着く頃だ。なんとなくそわそわしてきた。

 僕が圭ちゃんと初めて会ったのは、彼女がまだ5歳の時だ。彼女の自宅の広い別間に招かれて緊張ぎみの僕。きらきらと輝く彼女の大きな瞳に僕の心は一瞬のうちに釘づけに。そんなカチンコチンの僕に彼女はすぐさま駆け寄り、ニコリと笑ってハグしてくれた。以来、僕は彼女の家に居候することとなる。 それからというもの 僕はパパさん、ママさんそして彼女に愛され、家族同然 暮らしはじめた。圭ちゃんが笑えば一緒になって笑い、彼女が不機嫌なときは何故か僕まで怒りっぽくなってしまう。楽しい時は必ず一緒だったし、彼女に悲しいことがあれば、僕と彼女で分かち合う。相思相愛の日々が永く続いた。 

 圭ちゃんが大人になると、彼女を「先生」と呼ぶ可愛い子供たちが僕の周りに集うようになる。そして僕はその子供たちとも仲良しになった。いたずらが大好きなマー君、泣き虫のミリちゃんに しっかり者の遥。みんな可愛くて可愛くて・・・みんなのお兄ちゃんを気取っていたあの頃が本当に懐かしい。そして、音大に通う圭ちゃんはますます綺麗になり、僕の心のメトロノームも激しく揺れた。あんなに楽しい日々はもう来ない。
 
 ある日、圭ちゃんは婚約者を連れてきた。背の高い優しげな好青年だ。その後暫くすると、彼女の心は彼の占領するところとなり、僕の存在はそのものが危うくなっていく。そしてとうとう ママさんは真っ白なシーツを僕の頭からすっぽり被せ、全身を覆ってしまった。さらには、幾つものフォトスタンドが肩先に容赦なく立て掛けられた。ウエディングドレスを身に纏った圭ちゃんと彼とのツーショット、楽しげなスナップ写真も飾られた。肩も重いがそれ以上に心が重い。こうして、僕と圭ちゃんとの甘い生活は終わりを告げる。

 結婚して半年、もっと辛い別れが待っていた。圭ちゃん夫妻は生活の拠点を遠く海外に移してしまうのだ。辛く長い日々が始まった。 圭ちゃんが日本を離れて1年が過ぎた頃、彼女に男の赤ちゃんが授かった。それからまた2年、二人目は女の子。パパさんもママさんも孫の可愛い姿を一目見ようと喜び勇んで渡航を繰り返す。置いてきぼりは決まってこの僕。 僕のいる洋間は、常にお掃除が行き届いていて埃ひとつない。だけど、圭ちゃんはいないし、マー君もいなけりゃミリちゃんもいない。調律の西野さんが時々訪れ楽しい話を聞かせてくれる。それでも、忙しそうで永くは相手にしてくれない。寂しくて退屈な毎日の連続。

 そして今日という日が訪れた。圭ちゃん家族がやってくるのだ。5年ぶりの再会。つかの間の里帰り・・ 午後の2時が過ぎた頃、玄関の方からドアの開く音が聞こえてきた。圭ちゃん家族が長旅を終えて到着したのだ。迎えのパパさん達も一緒の様子、賑やかな笑い声が玄関ホールに響いている。圭ちゃんはこの部屋に来てくれるのだろうか。
 
 愛しの圭ちゃんを心待ちにしていると、ドンドンと廊下を走る音が近づいた。部屋のドアを開ける音がするや否や、僕の足元、覆われたシーツの中に小さな男の子が入ってきた。身を潜め息を殺している。そこへまた、小さな足音とともにもっと小さな可愛い女の子が現れた。圭ちゃん?驚きで声が出そうになるが、すぐに冷静を取り戻す。圭ちゃんが昔のままでいる筈がないのだ。その女の子は開いたドアの前で暫くじっとしていたが、また皆のいる居間のほうに戻っていった。男の子は僕の足元から離れず、くすくす笑っている。

 先程の小さな女の子は今度はママの手を引いてやってきた。
「しんちゃん。わかっているわよ。ほうら、みっけ!」
女の子のママはそう言うと、僕の足元を覗き込んだ。・・・紛れもなくこの人こそ、愛しの圭ちゃん!!
「ばれちゃった!」
男の子はおどけてみせると、次の隠れ場所を見つけにいったのか、すぐさまこの部屋を飛び出していった。

  「ママ。これなあに?」女の子が尋ねる。
「これはピアノ。私の大切な宝物。いえ、大好きなお友達かな。すっごい綺麗な声で歌ってくれるの」
そのママは懐かしむような眼差しを僕に向けると、僕の肩に手を掛けた。シーツの上からでもすぐ分かる。圭ちゃんの手・・・幾分大きくはなってはいても、絹のような優しい感触と温もり。忘れることはない。
「ちーちゃんも鳴らしてみたい?」
「うん!」ママの問いかけに、その女の子は目を輝かせ大きく頷く。
「それじゃぁ、ちーちゃん。ママが教えてあげる。上手に弾けるようになろうね♪」  

 素敵なママの圭ちゃんは僕に向き直りこう言った。
「ただいま。永い間ひとりきりにさせちゃて、ほんとにごめんね。これからはちーちゃんを宜しく頼むわね。今度、招待するお家はちょっと狭いけど構わない?」