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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ
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「起終点駅 ターミナル」 を観て

かつての恋人冴子を自殺に追いやってしまった罪の意識から妻や子も捨てて道東の果て釧路でひとり暮らす弁護士鷲田完治。彼はその贖罪を自らに科すように国選弁護人しか引き受けず、東京の息子の養育費を稼ぐだけの毎日を送っていた。

ある時、鷲田はひとりの若い娘 椎名敦子の弁護を引き受ける。罪状は覚せい剤に関わるものだったが、執行猶予の付く形で結審した。彼女はその後、再び鷲田の元を訪れ人探しを依頼する。当初その依頼を頑なに拒否していた鷲田だったが、家族との関わりを一切断絶、ひとり懸命に生きる敦子の姿にその依頼を受けないまでも食事を作り与え身の上の話までをも聞くようになる。

流されるままの日々を送っていた敦子だったが、鷲田と出逢い心通わすなかで、生きる希望と忘れていたその価値を取り戻す。そして鷲田に見送られるように新たな人生へと旅立ってゆくのだ。鷲田もまた、敦子のその姿に背中を押されるように自らも勇気を持って新たな一歩を踏み出そうと決意した。

主人公の年齢、生まれ月の星座まで一緒だったので気持ちが入りやすかった。牡羊座は闘う星座で、それを支えるのが天秤座らしい。天秤座の冴子が鷲田に言った言葉だが妙に心に残った。「鷲田完治、今は闘っているのかな」 冴子は完治と同衾するなか完治の行く末を案じて呟いた。闘い続けることが牡羊座の宿命だと言わんばかりに。あのシーンでは、私はその問いを自分自身にも投げかけた。

派手な展開のないドラマだが、釧路の四季折々の風土が美しく描かれていて、その印象的な数々の情景が主人公をはじめとする登場人物それぞれの心象描写を豊かで深いものにしていた。このような設定は嫌いではない。人の心の葛藤や痛み、あらゆる情感がその土地の風土に滲むように浮き上がるからだ。

 

何を言いたいのか多少分からないところはあるが、理解できる できないで全てを片付けることができないのもまた人生ドラマ。だからあまり気にしない。あえて言うなら、暗い穴に息を殺して潜っていても贖罪になんてなりはしない。逃避であると気づけよ、ってことなのか。鷲田と敦子がそれぞれにどう思い、最後にあのように生き方を変えようとしたのか定かではない。しかし、生きていれば人生に終点などなく 終点は気持ち次第で起点になる。それは間違いないだろう。

終点は起点となる … 私もそう信じて生きてきた。あの日、確かに私は終点を向かえた。今でもつい昨日のことのようにも思える。忘れもしないが、始発駅にいたはずの大勢の乗客はいつしかまばらになり、終着駅に着く頃には人影はすべて消え失せた。だが、終着駅は始発駅となり、私を除いて誰一人乗車することのないその車両は再び動き出した。わずかな燃料を携えての新たな旅のはじまり。時が流れ、そしてひとつ駅に停車するたびひとりふたりと乗客は増えていった。新たな一歩を踏み出したからこそ成せたことだと思っている。問題があるとすれば、あれ以来ずっと各駅停車だということ。でも、いいんだよ。走ってさえいれば。この物語のなかで鷲田は言った。「いいんだよ。生きてさえいれば」と。あの時、私もそう言ったかもしれない。

佐藤浩市、渋い役も絵になるね。


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