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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
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「あの日にドライブ」を読んで



牧村は都内大手の元銀行員。ずっとエリート街道を歩んできたが、今は雇われのタクシー運転手。上司にたった一度だけ逆らい、それが元で銀行を辞めてしまう。その後、転職を試みるも悉く失敗、今は一運転手としてタクシー会社に雇われる身だ。エリート意識を捨てきれない彼は運転手を続けながらも、時折、今まで生きてきたなかのいくつかの分岐点に立ち戻っては、都度、自分が下してきた道の選択にずっと悔やみ続けていた。今の妻ではなく学生時代付き合っていたあの彼女と結婚していたら、、就活生の頃に憧れたあの出版会社に就職していたら、、あの日あの不遜な上司に心を押し殺し服従を誓っていたら、、そんな「たられば」ばかりの妄想を唯々繰り返すだけの毎日だった。

こうしたなか、ギャンブルに明け暮れているだけの男だと見くびっていた同僚、山城の本当の姿を知り、本当に愚かなのは自分であると気づく。また、売上トップの長老運転手、隊長さんの仕事ぶりを盗み学んでいくなかで、運転手としての自分に少しずつではあるが誇りを持ち始めてもいた。過去を辿るように街を流すうち、未練を残して別れてしまった彼女も、実は自分が思い巡らし妄想していた優しい彼女ではなく、容姿は変わらず美しいものの本当は意地の悪い女だったことに大きな衝撃を受ける。さらに、就活中にあれだけ憧れていた出版社はB級アイドルを扱うグラビア雑誌に落ちぶれてしまっていることを知る。

他人を羨み自らを卑下することに何の進歩もないことを肌で感じつつあった牧村は、ある日、自分を貶めたあの不遜な上司を偶然乗車させることになった。かつての上司もまた行内ばかりか家庭においても冷遇され不遇な環境に汲々としていたのだ。そして彼はひとつの確信に辿りつく。

牧村は言う。自分が通ってきた道は間違っていなかったなどという気はない。曲がるべき道を曲がり損ねたし、脇道に逸れたりも遠回りもした。でも、今来た道をもう一度通るのはちっとも楽しいことでない。先が分らないから楽しいのだと。。

これを読んで、「なんて女々しい奴だ。男ならすっぱりと前だけ向いて歩きやがれ」という読者も少なくないと思う。だが、それに関しては同意しにくい。なぜなら、まさにこの俺だから。云十億の資産を喪失して今日に至るが、今でもあの時ああすればよかった、あの時はこうするべきだったと暗く沈思してしまうこともある。忘れようと努めるが、それならばと意識の利かない眠りなかに、今度は夢となってやってくるのだ。もちろん、考えたってどうすることもできない。金、地位、名誉といった、俗な世間の、人を見る尺度とは違う自分なりの尺度を見つけ構築するのには随分と時間がかかるのだ。大きな挫折を経験した者にしか分からない事なのかも知れないが。。だから、挫折10年、今なお奮闘、構築中の俺には牧村を笑えない。

あの時失くしたものは計り知れない。が、得たものもあった。心底そう思うし、言い切れる自信もある。目をよく凝らしてみると、ベールに包まれた素晴らしいものが隠れているのだ。家族に疎んじられていると思っていた牧村が、実は家族から気遣いを受けていたという段。あれもまた目を凝らすことで見えたもののひとつなのだ。

タクシー業界の内幕が面白く描かれていて興味が持てた。右折するのか、左折すればいいのか、直進すれば正解なのか、どこに向かっても間違いはあるだろうし、当たりであることもあるだろう。ただ一つ言えるのは、同じ景色はないからこそ人生は面白い。不安は無きにしも非ずだが、俺も現在の仕事を全うし、さらに頑張ろうと思う。そんな気持ちにさせる作品だった。







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