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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
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お客様それから父と私。そして金沢

最近、足繁く通って下さるお客様のなかに油絵を勉強されている学生さんがいらっしゃいます。すごく朗らかな性格の聡明なお嬢さんで、尚且つ お話を膨らませることもお上手でついついその語り口に引き込まれてしまいます。

絵画を学ぶことが楽しくて楽しくて仕方ないと言った様子でお話なされるものですから、こちらも盛り上げようと先日まで県立美術館で開催されていたストラスブール美術館所蔵の風景画展に行った時のお話などもさせていただきました。

彼女には夏の休暇を利用して県内外問わず行きたいと思っている美術館が色々お有りのようで、今度出かけるご予定の美術館のチケットを見せてもらいました。館名は伏せておきますが人気の美術館です。そんな勉強熱心な彼女に「創造するって楽しいですよね」と一言 投げかけると、満面の笑みで大きく頷いてくれました。楽しいから学ぶ。学ぶからもっと楽しくなる。学生は常にこうありたいものです。

「創造するって楽しいですよね」

この言葉、口から自然と出てきたのには我ながら驚いています。小さい頃から紙とペンで遊んでるだけで「しょうちゃん。絵が上手やねー」と傍からよく言われていたことを思い出します。小学低学年の頃、友人達を水彩で描くのに顔を薄青色にしたら先生に褒めちぎられたこともありました。

また、長女が小学校に入学し25年ぶりに入った母校の教室に、なぜか貼ってあったのです、自分が6年生の時に描いた自画像が。正確に言うとエッチングの原本ですが・・・ 信じられないですが本当です。

確かに、体育と並んで美術だけは誰にも負けなかった?小生ですが、傍が思うほど本人自体はそんなに好きではなかったような気がします。と、思っていたのは単なる思い込みで本当はどうだったのか、今も言い切ることはできません。

こうしてつらつら分析するに、要はジッとしている事が嫌いで 我慢強いとは決して言えない性格が絵を描くという行為を遠ざけ手放していたようであります。あの頃は今と違い落ち着いて物事に取り組むことに苦痛を感じていたのだと思います。


「絵が上手やねー」

この言葉には後に続く言葉がありました。それは「・・お父さんに似て」です。私の父は自分と違い、若い頃から自分が好きな事は絵を描くことだと認識してたようであります。父は学生の頃、麻布十番に居を構える姉の家に赤門に通う長兄らと共に下宿していたらしいのですが、なんとあの有名な小絲源太郎画伯に油絵を習っていた時期があったようです。

画伯は俳句などにも長けた教養人でもあり、こと絵画にかけてはかなり厳しい先生だったようです。金沢美術専門学校(現金沢美大)で共に後身を育てたこともある仲の高光一也画伯の紹介だったと言うのです。お歴々の名が出ることを思うに父の油絵好きは筋金入りではなかったかと。。

都の西北で美術史を専攻していた異色の歴を持つ父は小磯良平画伯の作品が特に好きで、建築にも造詣が深く、確か谷口吉郎が好みでした。父がコンテで描く裸婦像のタッチをよく真似て落書きしてた幼い頃を思い出します。父のように上手描けないで悲しい気持ちになることもありました。

現役の頃の父は常々、隠居したら油絵を描きながら余生を送りたいと言っていました。それを叶えてあげる事が今も出来ず、切なく悲しい気持ちになります。そして、愚鈍な自分に腹がたちます。


学生をしながらアンサンブル金沢で頑張っているお嬢さん、ガラス工芸の勉強をしている若い女性芸術家さんなど、他県からこの金沢に来て研鑽を積んでいる方達も少なからずお越し頂いています。

皆様が口を揃えて仰ることがあります。それは「金沢は芸術家にとって手厚く住みよい街」だということです。父を誇りに思うと同様、この地に住めることを誇らしく思う今日この頃です。