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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
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雷雪の如く 6.

 「湯涌温泉入口」というバス停留所の前に来た。横手には街の案内図が設置されている。道路を挟んで向かいにバスのロータリー。この停留所を起点に道が左右に分かれている。宿に戻るには左に行けばいいのだが、早々に帰館してもしようがない。漆田は右の通りに出ることにした。こちらの通りは奥に長く伸びており、道の両側には商店・飲食店の類と民家が交互に軒を連ねている。突き当りは「総湯」と称する公衆浴場だ。地元では温泉地の中心となる共同の浴場をこう呼ぶのだそうだ。

湯涌は金沢唯一の温泉地であり、観光と温泉を楽しみに全国各地から多くの人が訪れている。だが、今時の観光地においてしばしば見受けられる、とびっきり洒落た感じの店などはない。民家もあくまで民家のままで、ごく自然に この湯の町に溶け込んでおり、そこに何の衒いもない。言い換えれば、お洒落であればあればあるほど、そこには客の懐を目当てにする下世話な欲が透けて見えるし、逆に生活の匂いがする場所にはどこかしら人の情けに出会えるような、そんな気にさせる何かがある。湯涌はまさに人の匂いが漂う街だった。

 本通りを外れて路地に入った。すぐ先に軽トラが往き手を遮るように停まっている。運転席には誰もいない。車はアイドリングの状態である。横に目線を移すと、道の右際は数段下がっており、そこはホールのような空間になっていた。奥には黒っぽいドアがあり、右手には上の階に行ける階段がみえた。旅館の寮か賃貸マンションなのか。

軽トラの横をすり抜けようと一歩足を踏み出すと、ガランという大きな音ととともにドアが開き、尻をコチラに向けた大男が重そうなラックを抱えて出てきた。尻をこちらに向けていたのは、両手が塞がっているので尻を使ってドアを押し開いたからであり、また、大きな音がしたのはドアの開閉によって来客を知らせる拳大の鐘がドアの上部に付いているからだ。

「タケちゃん、ありがとね。今日のところはこれで十分だと思うんだ」
ドアの奥から女の声が聞こえた。
「それならいいんやけど。まあ、足りなくなったらいつでも連絡くれていいから」
「うん。わかった」

男は私の前を横切り、トラックの荷台にラックを積み込んでいる。黒のニット帽にグレーのレインジャケットを着たいかつい男だ。女はドアから顔だけ覗かせている。化粧っ気はなく、赤茶けた髪を後ろで束ねている。尖った顎と切れ長の目が印象的。

「それはそうと、タケちゃん。今晩、寄ってくれるんでしょ」
「ああ。気が向いたらな」男はそう言うと薄く笑って運転席に乗り込みギアを切り替える。
「気が向いたらって何よ-。必ず来てちょうだいねー」
男は片手を軽く上げただけで何も答えず去っていった。

車がいなくなると店の看板が目に入った。「スナック 波奈」 打ち放しの横壁に横書きの店名がフィックスされており、夜間にはライットアップされる仕組みとなっている。さしづめ、先程の軽トラの男は酒屋か乾物屋の御用聞きで、女はスナックのママというところか。ドアの方に振り返ると、女と目が合った。薄い唇にほのかに紅が差されている。首だけがドアから覗いているのは先程と変わらない。

「ちょっと、あんた。何見てるのよ!」 視線をそらさず女がくってかかる。
「え。私のことでしょうか」
「何とぼけたこと言ってんのよ。あんたしかいないじゃない」 確かにそうだ。
「温泉街を散策してましたら、お昼時を過ぎてしまいまして。どこかで腹ごしらえしようとお店を探してこの路地に。。」
「あ。そうなんだ。ちょ、ちょっと待ってて」
女は敵対モードを引っ込め、少し考えるようなそぶりをしたかと思うとドアの向こうに首を引っ込めた。

しばらくすると、また顔をドアからのぞかせ言う。
「鰺フライが残っているんだけど、どう?」
「よろしいのですか。お店はまだのようですが・・」
「さっき閉めたばかりなの、ランチタイム。ささ、どうぞ。遠慮しないで。お客様なんだから」
ドアの鐘の音とともに私は中に入る。耳元で響く鐘の音に心の臓が揺さぶられる。それはまるで終わりのないゲームの始まりを告げるゴングのようだった。

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