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日記・仕事・回想・コラム・レビュー・レポート・小説&詩篇集/金沢のもくれん院長の気儘ブログ 【HALE OLA HOKULANI E KOMO MAI】
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  • 葉桜 (2011.04.25)
      

葉桜

課主催の恒例イベント「お花見の会」の開催案内が回覧されてきた。出、欠席どちらに丸をつけようか逡巡していると、背後から声をかけられる。肩越しから腰をかがめて顔を寄せてきたのは磯崎係長だ。この課の万年係長で実直を絵に描いたような人物で私とってみれば直属の上司。毎年この時期に出回るあのリストラリストに必ず名を連ね、今年もその第一候補と目されている定年間近の社員である。

「沢野主任はどうなさるんですか?お天気も今のところ良いようですよ」

磯崎の問いかけに黙したままの私に彼はしみじみとした口調で語りだす。
「私は出席することにいたしました。お邪魔だとは思いますが、たまには皆さんと飲みたくなりましてね。主任にも色々お世話になりましたし、日頃のお礼も言いたいですしね」

「お世話になっただなんて、係長。 係長がいなくなったらこの課は回っていきませんから」あくまでも低姿勢なこの中年紳士のどことなく悲しげな眼差しに私は心にもなくそんな言葉を口走る。

こう言われてまんざらでもない様子の磯崎が不思議に愛おしく思えてきた私は、満面の笑みを浮かべてさらに言葉を付け加えた。
「でも、係長が出席されるんでしたら私も参加したいと思います」


この課に配属されて5年、上司に可愛がられようと愛想を振りまき続けてきた私だからこんな言葉も自然と口をついて出る。OLのしがない性なのか、時折、無性にこんな自分が嫌になる。次から次へと後輩女子の寿退社を作り笑顔で見届け、自分はと言えばキャリアアップという言葉を隠れ蓑に何度かあったその機会を自らことごとく放棄し、いつしか「お局」などと陰口を叩かれるようになった。主任という肩書と引替えに身に付けたこんな性分もある意味自己保身の現れなのかも知れない。
 
お花見は珍しく予報通りの快晴だった。忙しい山田部長のスケジュールに無理矢理はめ込んだものだから満開のシーズンを若干外してしまった感があるものの散りゆくもまた風情かな、そんな思いで今日という日が決められた。「葉お花見なんて・・」との大多数の意見にも関わらず「懇親こそが最大のテーマ」、そうのたまう喜多課長のご意見まさにごもっともと遅ればせながらこの日が選ばれたわけである。とは表向きの口実で、喜多にとっては部長に点数をとる絶好の機会であるから取り止めるわけには毛頭いかなかい。これが本当のところ。 理由はどうあれワイワイやるには絶好の日和。課の連中も思い思いの場所を陣取り薄紅色の春の名残りを楽しんだ。
 
「花より団子」を標榜する倉本次長がしきりと後輩の麻里子に絡んでいる。普段あしらい上手な彼女、今回も倉本の恐妻ぶりをネタに負けじと応戦している。その掛け合いに笑いの輪が広がってこれからが宴たけなわ。傍らでは同期の堀井がマイク片手に立ち上がり、場を仕切り始めた。キンキンとしたハウリングの音が耳を衝く。出し物でもあるのだろうが何を言っているのか全く聞き取れない。手際の悪い堀井にヤジが飛びかう。
 
「沢野主任、楽しんでおられますか」
柔らかな物腰で話しかけてきたのは磯崎だ。いつの間にか隣の席へと移ってきたのだ。静かすぎて反対に驚かされることもある。

「係長はどうですか。ストレス発散してますか」
私は楽しくて仕方がないといった素振りを見せると磯崎にオウムで返す。隣の囲みが倉本の冗談でどっと沸く。

 「そうですね。上に叩かれ下から突々かれ、この歳にはきついものがあります。中間管理職のストレスというか悲哀と言いますか・・」
磯崎は蒼く抜ける空を見上げ、はにかむような笑みをみせた。そして、会話を遮るかのように「おっ」と小さく声をあげると、ハラハラと落ちる花びらに目をやり手で受け止めようと身をよじる。

狙いをつけられたひとひらの花びらは彼の重ねた手の平をするりと迂回すると床に落ちた。私は花びらから磯崎に視線を戻す。磯崎も笑みを絶やさずにこちらをみる。ただその瞳に寂莫とした何かが宿っていた。次の言葉が出てこない。

「主任がいたからこれまでやってこれました。部下をまとめながらも上司の私を常に立ててくれてましたね。本当に有難う。君には心から感謝しています。こんな席で言うことではないんでしょうけど、敢えて言わせて頂きたいのです」

「係長。。」




「サワチャーン。こっちこっち」
ダミ声が耳に届く。

聞こえぬふりはさすが出来ない。ちらり目を遣ると山田部長が向こうの席から手招きしている。女子社員を両横に侍らせ ことのほか上機嫌のご様子。普段のあから顔がますます赤く染まっている。

「やれやれ」
私は腰を上げながら呆れ顔で係長に目配せした。
彼も目で合図する。若手を営業に送り出す時と同じ、あのいつも変わらぬ慈しむような眼差しだ。  


あれから早や一年。今年も「お花見の会」の季節がやってくる。直属の上司であった磯崎は既に自主退職し、今は故郷の金沢で第二の人生を歩んでいる。市内を流れる浅野川沿いで小さな蕎麦屋を始めたのだ。春になると川縁の並木が一斉に花開き、その美しさはため息が出るほどだという。夫唱婦随、生き生きとした日々を送っている。お店もそこそこ繁盛している。 

 あの日、私は寂しそうに微笑む彼を散りゆくの花になぞらえていた。人は必ず齢をとる。だから誰であってもいずれ老いゆくなかで自らの人生を振り返り散りゆくにわが身を重ねてしまうのだ。日本人なら尚のこと。でもはまた咲くのである。全ての花びらを落としてもまた来年この時期になれば華やかな色を空いっぱいに放つのだ。

草木が芽吹く頃、金沢から便りが届いた。奥様との並んだスナップ写真が一枚、手紙に同封されている。写真のなかでも磯崎のあの優しげな笑顔は変わらない。作務衣姿も板についている。そしてその手紙にはこんな言葉がしたためられていた。

係長昇格おめでとうございます。噂で聞きました。桜の木のように美しく、そして地に根をしっかりと生やした人気者の君なら全てに安心です。元上司としてこんな嬉しいことはありません。遠く金沢から応援しています。 

丁寧な言葉遣いが懐かしい。

桜のようなかぁ。。桜で例えるならさしずめ私は盛りを過ぎた葉桜なのだろう。全ての花びらを落としても堂々として葉を蓄え、地からは水を吸いとり夏には一段と太く大きくなる。そんな葉桜も悪くない。そう、春は必ずやってくる。